トルストイは歴史をどう見ていたのか
この小説には、物語を中断して歴史哲学を延々と論じる章がある。多くの読者がそこで挫折するが、実はそここそがトルストイの本丸だ。彼の歴史観を、物語の構造に即して読み解く。
発見1: 歴史は「無数の小さな行動の総和」が生む、誰にも見えない流れである
トルストイは、歴史を一人の偉人の決断の連なりとして見ない。彼にとって歴史は、何百万もの普通の人間——兵士、農民、貴族、家族——の、一つひとつは取るに足らない行動が、合算されて生まれる巨大な流れだ。【解釈】一人の兵士が前に進むか退くか、一つの家族が街に留まるか逃げるか。その小さな選択が無数に重なり、誰も設計していない結果(モスクワの放棄、ナポレオン軍の崩壊)が生まれる。歴史は上から英雄が作るのではなく、下から無数の名もなき人々が、自分でも気づかぬうちに編み上げていく。これは現代の「創発」や「群衆の力学」に通じる、当時としては極めて先駆的な見方だ。
発見2: だからトルストイは「個人の日常」を歴史と同じ重さで描く
「戦争」の壮大な場面と、「平和」のささやかな日常(舞踏会、初恋、家庭の悩み)が、なぜ同じ熱量で交互に描かれるのか。【解釈】トルストイの歴史観では、ナターシャの初恋もボロディノの戦いも、同じ「無数の小さな出来事」の一部であり、本質的に等価だからだ。英雄の決断だけが重要で、庶民の日常は背景、という序列を彼は認めない。一人の少女が誰を好きになるかも、歴史を編む糸の一本である。この視点が、彼に庶民の人生を、皇帝の決断と同じ真剣さで描かせた。
発見3: 歴史の嵐の後に残るのは、英雄の栄光ではなく平凡な生である
物語の結末、戦争が去ったあと、生き残った主人公たちは結婚し、子を育て、領地を経営し、ごく平凡な日常に戻る。壮大な歴史的事件のあとに残るのは、この地味な生の営みだ。【解釈】トルストイの最終的な価値判断はここにある。彼は、歴史を動かすと信じられている英雄の偉業よりも、名もなき人々が日々を生き、愛し、子を育てる営みのほうに、本当の意味と価値を置いた。「戦争と平和」という題は、二つの場面の対比であると同時に、価値の序列の逆転でもある。騒がしい戦争(歴史)は過ぎ去る泡で、静かな平和(日常)こそが、人間の生の本体なのだ。
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