戦争と平和の時代背景
1869年完結、描かれるのは1812年のナポレオン侵攻。この戦争がロシアにとって何だったのか、そしてトルストイ自身の従軍経験を知ると、なぜ彼が「英雄史観」を憎んだのかが見えてくる。
1812年、ナポレオンのロシア侵攻という国民的記憶
物語の中心にあるのは、1812年のナポレオンによるロシア侵攻だ。ナポレオン軍はモスクワまで攻め込むが、住民が街を捨てて焼き払い、補給を断たれ、極寒の冬に飢えながら悲惨な退却を強いられ、壊滅した。【解釈】これはロシアにとって、国家の存亡をかけた勝利であり、国民的な誇りの源泉だった。トルストイがこの題材を選んだのは、ロシア人なら誰もが知る「英雄的勝利」の物語を、あえて内側から解体するためだ。国民が「ナポレオンを破った英雄たち」を称える、まさにその物語に、彼は「英雄など誰も歴史を動かしていない」という冷水を浴びせた。
トルストイ自身が戦場を知っていた
トルストイは作家である前に、クリミア戦争に従軍した元軍人だ。彼は戦場の混乱、命令の無力さ、兵士の死を、自分の目で見ている。【解釈】だから彼の戦争描写には、机上の英雄譚にはないリアリティがある。将軍の作戦が現場でいかに無意味か、勝敗がいかに偶然と無数の要因に左右されるか——それは想像ではなく、彼が実際に体験した戦場の真実だった。彼が「英雄が戦争に勝つ」という物語を信じられなかったのは、本物の戦場が、そんなにきれいな因果では動いていないことを知っていたからだ。
発見: 「偉人が歴史を作る」物語が広まる時代への、巨大な反論
19世紀は、ナポレオンに象徴される「偉大な個人が歴史を動かす」という英雄史観が、人々を強く惹きつけた時代だった。【解釈】トルストイの「戦争と平和」は、その時代精神への、千ページがかりの反論である。彼は、英雄崇拝が人間に「自分は無力な歯車だ」という諦めと、「強い指導者に従えばいい」という危険な思考を生むことを見抜いていた。歴史を動かすのは英雄ではなく、自分を含む無数の普通の人間だ——この見方は、一人ひとりの選択が世界を編むという、責任と希望の両方を含んだ思想である。だからこの古典は、強いリーダーへの待望が繰り返される現代でも、読み直す価値を失わない。
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