戦争と平和は何の物語なのか
千数百ページ、登場人物は数百人。あまりに巨大で「何の話か」を見失いやすい。だがトルストイの狙いは一つに絞れる。彼はこの大作で、ある一つの思い込みを破壊しようとしている。
発見1: これは「歴史は英雄が動かす」という思い込みへの反証実験である
普通、歴史はナポレオンやクトゥーゾフのような偉人の決断で動くと考えられている。トルストイはこの見方を真っ向から否定するために、この巨大な物語を書いた。【解釈】彼は、ナポレオンの侵攻という「英雄が主役のはずの出来事」を、あえて無数の名もなき人々の視点から描く。すると見えてくるのは、英雄の意志ではなく、誰にも制御できない巨大な力の流れだ。物語の本当の主題は恋愛模様ではなく、「歴史を動かすのは誰か」という問いへの、千ページがかりの反証である。
発見2: 戦場では、指揮官の命令はほとんど何も決めていない
トルストイの戦争描写の核心は、将軍の命令と現場の現実が、まるで噛み合わないことにある。命令は煙と轟音の中で届かず、誤解され、状況は指揮官の意図と無関係に勝手に展開する。ボロディノの戦いでも、勝敗を決めたのは天才的な作戦ではなく、兵士たちの気分、偶然、無数の小さな要因の積み重ねだった。【解釈】後世の歴史家は、勝者に「天才的指揮」という物語を貼りつける。だが現場では、誰も全体を把握しておらず、誰も結果を設計していない。「英雄が勝たせた」のではなく、無数の力が結果を生み、勝者がその栄誉を後から受け取るのだ。
発見3: ナポレオンは「動かしている」のではなく「押し流されている」
退却の場面が決定的だ。モスクワを占領し勝ったはずのナポレオン軍が、冬と飢えの中で崩壊し、誰の命令でもなく総崩れになって逃げ出す。ナポレオンはそれを止められない。【解釈】トルストイは、歴史の頂点に立つはずの男が、実は巨大な流れに浮かぶ木の葉にすぎないことを示す。ナポレオンは歴史を動かしているのではなく、自分でも制御できない力に押し流されながら、「自分が動かしている」と錯覚しているだけだ。これは現代にも刺さる。どんなトップやリーダーも、自分が状況を支配していると思いがちだが、実際には無数の要因が生む流れの中で、後付けの物語を語っているにすぎないのかもしれない。
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