ノートルダム・ド・パリの時代背景

ノートルダム・ド・パリ(ヴィクトル・ユゴー)の深掘り

1831年刊行、物語の舞台は15世紀のパリ。だがこの小説を本当に動かしているのは、作者が生きた19世紀の事情——古い建築が壊されていく時代の危機感である。

舞台は15世紀、だが本当の動機は19世紀のパリにある

物語の舞台は中世末期、15世紀のパリだ。だがユゴーがこれを書いたのは1831年。当時のパリでは、中世から残るゴシック建築が、老朽化や都市改造を理由に取り壊され、無造作に改変されていた。【解釈】ユゴーにとって、それは過去の偉大な遺産が無理解によって破壊されていく光景だった。彼は15世紀を舞台にしながら、本当は19世紀の同時代人に向けて「この石の遺産を見よ、壊すな」と訴えていた。歴史小説の形を借りた、保存運動のための檄文だったのである。

「アジール(聖域)」という中世の制度が物語の鍵を握る

魔女として処刑されかけたエスメラルダを、カジモドは大聖堂にかくまう。これは単なる隠れ場所ではない。中世には「教会の中に逃げ込んだ者には、世俗の権力が手を出せない」という聖域(アジール)の制度があった。【解釈】だから大聖堂は、追われる者にとって法の及ばない最後の避難所として機能する。物語のスリルは、この古い制度が「いつまで彼女を守れるか」にかかっている。建築が単なる背景ではなく、人の生死を左右する力を持つ場所として描かれるのは、この中世の制度ゆえだ。大聖堂が主人公だというのは、こうした意味でも正確である。

発見: ロマン主義が「醜いもの・グロテスクなもの」に美を見出した時代

ユゴーは、当時興りつつあったロマン主義運動の中心人物だった。それ以前の古典主義が「調和・均整・美しさ」を理想としたのに対し、ロマン主義は、醜いもの、グロテスクなもの、極端なものの中にこそ強い真実があると考えた。【解釈】せむしで醜いカジモドを主人公級に据え、その内側に最も純粋な愛を置いたこと自体が、この新しい美意識の宣言である。怪物のようなガーゴイルに覆われたゴシック建築を「美しい」と主張したのも同じだ。整った美ではなく、いびつで力強いものへの愛——この時代の美意識の転換が、醜い鐘つき男を文学史に残る主人公へと押し上げた。

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