画: ジュリオ・チェーザレ・フェラーリ「ノートルダムの塔のエスメラルダ」(1863年)ノートルダム・ド・パリ
一言での本質
醜い鐘つき男、美しい踊り子、欲望に焼かれる司祭——「ノートルダムのせむし男」として知られるこの物語の、本当の主人公は人間ではない。大聖堂そのものである。ユゴーはこれを、取り壊されゆくゴシック建築を救うために書いた。恋愛悲劇の顔をした、過去を保存せよという主張の書である。
この作品の背景
「ノートルダム・ド・パリ」は1831年に刊行された。原題は登場人物の名ではなく、建物の名「パリのノートルダム(大聖堂)」である。舞台は15世紀のパリ。鐘つき男カジモドは、生まれつき醜く、耳も聞こえず、大聖堂の中だけで生きてきた。
美しいジプシーの踊り子エスメラルダに、副司祭フロロは抑えきれない欲望を抱く。フロロはカジモドを使って彼女をさらおうとして失敗し、やがて彼女を魔女として告発する。カジモドだけが、自分を唯一やさしく扱ってくれたエスメラルダを純粋に愛し、彼女を大聖堂にかくまう。だが救いはなく、エスメラルダは処刑され、カジモドは彼女の亡骸を抱いて消えていく。
物語の構造
- 大聖堂物語の中心にあるのは人間ではなく、パリのノートルダム大聖堂そのものである。ユゴーはその石の一つひとつを、登場人物以上に愛をこめて描く。
- 三つの欲望踊り子エスメラルダをめぐり、司祭フロロの所有欲、騎士の軽い欲、そしてカジモドの純粋な愛が交差する。
- 聖域魔女として追われるエスメラルダを、カジモドが大聖堂にかくまう。建物が彼女の最後の避難所(アジール)になる。
- 破滅フロロの執着がすべてを破壊する。エスメラルダは処刑され、フロロは塔から突き落とされて死ぬ。
- 石の抱擁カジモドは姿を消す。後年、処刑された者の遺骨置き場で、エスメラルダの骸を抱いたまま朽ちた、せむしの骸骨が見つかる。
現代の働く人への示唆 解釈
原題が「せむし男」ではなく「パリのノートルダム」であることが、この小説の正体を告げている。主人公は大聖堂だ。ユゴーは登場人物より建物を熱心に描き、丸ごと一章を費やして中世パリの石の街並みを語る。これは恋愛悲劇である以前に、建築への愛の書である。
ユゴーがこの本を書いた直接の動機は、当時のパリで進んでいたゴシック建築の破壊・改変を止めることだった。【解釈】物語の悲劇性は、人間の悲恋だけでなく、「過去の偉大なものが、無理解によって壊されていく」という主題と重なっている。大聖堂もエスメラルダも、無垢で美しいまま、時代と人間の暴力に潰される。建物の運命と人間の運命が、同じ悲劇として響き合う。
この物語で唯一、見返りを求めない愛を持つのは、最も醜いカジモドである。【解釈】美しいエスメラルダに向けられた他の愛——フロロの所有欲、騎士の遊び——はすべて破壊的だ。外見の醜いカジモドの内側にだけ、純粋な愛がある。外と内の落差というこの構図は、大聖堂(外は怪物のようなガーゴイル、内は聖なる空間)の構造と完全に重なる。カジモドは、大聖堂が肉体を持ったような存在なのだ。
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原文を無料で読めます。Notre-Dame de Paris(Project Gutenberg掲載の英訳)。