なぜ一つの殺人が止まらない連鎖になるのか

マクベス(ウィリアム・シェイクスピア)の深掘り

マクベスは王を一人殺せば望みが叶うはずだった。だが彼は殺し続け、自滅する。なぜ一つの罪が際限のない連鎖になるのか。その力学を解く。

発見1: 一つ目の殺人が、後戻りを不可能にする

王ダンカンを殺した瞬間、マクベスは引き返せない地点を越える。彼自身が「血の川をここまで渡ってしまったら、引き返すのも、渡りきるのも、同じく難儀だ」と漏らす。【解釈】最初の一歩を踏み出すまでは、彼は迷い、おびえていた。だが踏み出した後は、戻る道が消える。王を殺してしまった以上、それが露見すれば破滅だ。だから王座を守ること、罪を隠すことが、新たな至上命令になる。最初の罪が、それを守るための次の罪を強制する。後戻りの不可能さが、連鎖の引き金だ。

発見2: 王座を「守る」ための殺人が、際限を失う

二つ目以降の殺人は、もはや王になるためではなく、王であり続けるためのものだ。マクベスは、予言で「子孫が王になる」と言われた友バンクォーを殺し、疑わしい貴族の家族まで皆殺しにする。【解釈】ここに「守り」の論理の恐ろしさがある。手に入れたものを守ろうとすると、脅威になりうる相手はすべて消したくなる。だが脅威は無限に湧いてくるから、殺人に終わりがない。マクベスは王座という頂点に立ちながら、誰も信じられず、すべてを敵とみなし、殺し続けるしかなくなる。野心の達成が、彼を安心させるどころか、終わりなき恐怖の中へ閉じ込めた。得たものを守る恐怖は、得る前の欲望より深い地獄を生む。

発見3: 連鎖の果てに残るのは、意味の完全な喪失である

妻が狂って死んだと聞かされたマクベスは、有名な独白を漏らす——人生は「歩く影法師」「白痴が語る、騒音と怒りに満ちた、何の意味もない物語」だ、と。【解釈】これが連鎖の終着点だ。野心に燃え、すべてを賭けて王座を奪い、それを守るために殺し続けた男が、最後にたどり着くのは、すべてが無意味だという虚無である。彼は望んだものをすべて手に入れた。だがその過程で、愛する妻も、友も、自分の人間性も、感じる心も、すべて失った。残ったのは、空っぽの王座と、何も意味しない人生だけ。罪の連鎖は、最後に、目的そのものを焼き尽くす。手に入れたかったものは、手に入れる過程で消えていた——これがマクベスの、最も冷たい結末である。

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