なぜ最後にアキレウスは敵に亡骸を返すのか
親友を殺された憎しみで敵ヘクトールを討ち、その亡骸を辱めたアキレウス。その彼が、物語の最後に、敵の老父の願いを受け入れ、亡骸を返す。この結末こそ、三千年前の叙事詩が今も読まれる理由である。
発見1: 復讐を遂げても、アキレウスの心は満たされない
アキレウスは、親友パトロクロスを殺したヘクトールを討つ。だが復讐を遂げても、彼の怒りと苦しみは消えない。それどころか、彼はヘクトールの亡骸を戦車に縛りつけて引きずり回し、辱め続ける。【解釈】ここに重要な洞察がある。復讐は、失ったものを取り戻さない。パトロクロスは死んだままだ。だからアキレウスは、敵を殺してもなお満たされず、亡骸を辱めるという、行き場のない怒りの暴走に陥る。復讐の達成が、悲しみの解決にならない——この空虚さが、彼を、より深い苦しみの中に閉じ込める。怒りは、その対象を打ち倒しても、決して終わらない。
発見2: 老父プリアモスの懇願が、敵を「人間」に戻す
物語の最後、ヘクトールの老父プリアモス王が、敵であるアキレウスの陣に、たった一人で忍び込む。そして、息子を殺した男の手に口づけし、「あなたの父を思い出してください」と、我が子の亡骸の返還を涙ながらに懇願する。【解釈】この瞬間、アキレウスの中で何かが変わる。彼は、敵の老父の中に、遠い故郷に残してきた自分の父の姿を見る。二人は、敵同士でありながら、ともに泣く。アキレウスは「殺すべき敵」としてのヘクトールではなく、「一人の父の、かけがえのない息子」としての死者を、初めて見る。憎しみの対象だった敵が、一人の人間に、一つの家族の一員に戻る。この認識の転換が、彼の怒りを溶かす。
発見3: 怒りの叙事詩が「赦し」で閉じられる意味
「アキレウスの怒りを歌え」で始まった物語は、その怒りが、復讐ではなく、赦しによって手放される場面で幕を閉じる。アキレウスはヘクトールの亡骸を返し、トロイア側が弔いを行えるよう、戦いの休止まで約束する。【解釈】この結末が、三千年前の叙事詩を不滅にしている。怒りは、より大きな暴力では終わらない。終わらせるのは、相手もまた自分と同じ、愛し、嘆き、死ぬ人間だと気づくことだ。アキレウスは敵を倒すことではなく、敵を人間として見ることによって、自分自身の怒りから解放される。最強の英雄の真の偉大さは、戦いの強さではなく、最後に怒りを手放せたことにあった。憎しみの連鎖をどう断ち切るか——人類最古の物語の一つが、その最も難しい問いに、敵とともに泣く老父と英雄の姿で、一つの答えを示している。
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