画: アキレウスの怒り(『イリアス』より)イリアス
一言での本質
十年に及ぶトロイア戦争を描く——のではない。この壮大な叙事詩が描くのは、最強の英雄アキレウスが「怒り」に駆られてから、その怒りを手放すまでの、わずか数十日間だ。戦争そのものではなく、一人の人間の怒りと、その果てにたどり着く赦しを描いた、西洋文学最古の心の物語である。
この作品の背景
「イリアス」は、紀元前8世紀頃に成立したとされる、西洋最古の叙事詩である。ギリシャ軍とトロイアの十年戦争のうち、その最終盤の出来事を描く。物語は有名な一行で始まる——「歌え、女神よ、アキレウスの怒りを」。
ギリシャ軍最強の英雄アキレウスは、総大将アガメムノンに、自分の戦利品の女を奪われ、激しく怒る。彼は戦線を離脱し、戦わない。アキレウスを欠いたギリシャ軍は劣勢に陥る。やがて、彼の親友パトロクロスがアキレウスの鎧をまとって出陣し、トロイアの王子ヘクトールに討たれる。親友の死に、アキレウスの怒りは敵ヘクトールへと向かい、彼を討つ。だが物語は、ヘクトールの老父が我が子の亡骸を引き取りに来る場面で、静かに幕を閉じる。
物語の構造
- 怒りの発端最強の英雄アキレウスは、総大将アガメムノンに戦利品を奪われ、誇りを傷つけられて激怒し、戦線を離脱する。
- ギリシャの危機最強の英雄を欠いたギリシャ軍は、トロイア軍に押され、危機に陥る。
- 親友の死アキレウスの親友パトロクロスが、彼の鎧を借りて出陣し、トロイアの王子ヘクトールに討たれる。
- 復讐親友の死に、アキレウスの怒りはアガメムノンから敵ヘクトールへ転じる。彼は戦場に戻り、ヘクトールを討ち、その亡骸を辱める。
- 赦しヘクトールの老父プリアモスが、敵陣に単身忍び込み、我が子の亡骸を返してほしいと懇願する。アキレウスは涙し、亡骸を返す。怒りが、ようやく手放される。
現代の働く人への示唆 解釈
「イリアス」は「トロイア戦争の物語」と思われがちだが、実際に描かれるのは戦争の十年のうち、最終盤の数十日だけだ。木馬も、トロイア陥落も、この作品には出てこない。最初の一行が宣言するとおり、本当の主題は戦争ではなく「アキレウスの怒り」——一人の人間の感情の発生から消滅までである。西洋文学は、その最初の一作からすでに、外の事件ではなく人間の内面を主題にしていた。
アキレウスの怒りは二段階で描かれる。【解釈】最初は、誇りを傷つけられたことへの怒り(対アガメムノン)。次は、親友を殺されたことへの怒り(対ヘクトール)。前者は彼を戦場から退かせ、後者は彼を戦場へ駆り立てる。同じ「怒り」が、彼を不動にも暴走にもさせる。怒りという感情が人間をどう動かすかを、ホメロスは一人の英雄を通して徹底的に観察している。
物語が、勝利でも陥落でもなく、敵の老父への「赦し」で終わることが決定的だ。【解釈】アキレウスは、自分の親友を殺したヘクトールを討ち、その亡骸を辱めた。だが最後、ヘクトールの老父が涙ながらに懇願したとき、彼は自分の父を思い出し、敵とともに泣き、亡骸を返す。最強の英雄が、復讐の果てにたどり着くのは、勝利の快感ではなく、敵もまた人間だという認識だ。三千年前の物語は、怒りの叙事詩でありながら、その怒りを超える赦しの可能性で閉じられている。
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原文を読むには
原文を無料で読めます。The Iliad(Project Gutenberg掲載の英訳)。