E・W・ケンブルによる『ハックルベリー・フィンの冒険』挿絵画: E・W・ケンブルによる『ハックルベリー・フィンの冒険』挿絵(1884年)

ハックルベリー・フィンの冒険

マーク・トウェイン(1835-1910)。アメリカの作家。本作は「すべてのアメリカ文学はこの一冊から生まれた」とまで言われる、近代アメリカ文学の源流。

一言での本質

家出した少年と、逃げた奴隷が、いかだでミシシッピ川を下る——少年は「奴隷の逃亡を助けるのは罪だ」と教えられて育った。だが土壇場で彼は「よし、それなら地獄へ行こう」と決意し、友を助ける。社会が教える『正しさ』と、心が知る『正しさ』が真っ向からぶつかる、アメリカ文学の良心の物語である。

この作品の背景

「ハックルベリー・フィンの冒険」は1884年に刊行された。舞台は南北戦争前、奴隷制度が当たり前だったアメリカ南部だ。主人公の少年ハックは、乱暴な父から逃れ、家出する。途中、ワトソンおばさんの家から逃げ出した黒人奴隷ジムと出会い、二人でいかだに乗り、ミシシッピ川を下っていく。

ハックは、当時の社会の価値観——黒人は財産であり、奴隷の逃亡を助けることは盗みであり罪である——を、当然のものとして教え込まれて育った。だから彼は、ジムを助けることに、繰り返し罪の意識を感じる。「ジムを当局に突き出すのが正しいことだ」と、彼の『良心』はささやく。だが、川を共にし、ジムの人間としての優しさに触れる中で、彼の心は別の答えを出していく。

物語の構造

  1. 家出乱暴な父と窮屈な『文明的』生活から逃れ、少年ハックは自由を求めて家出する。
  2. ジムとの出会い逃亡奴隷ジムと出会い、二人でいかだに乗り、ミシシッピ川を下る旅が始まる。
  3. 良心の葛藤ハックは「逃亡奴隷を助けるのは罪だ」と教えられてきた。ジムを助けることに、繰り返し罪悪感を抱く。
  4. 岸の醜さ川沿いの『文明社会』で、ハックは詐欺、暴力、一族の殺し合いといった人間の醜さを目撃する。
  5. 「地獄へ行こう」ジムを売り渡せば『正しい』と分かっていながら、ハックは『よし、それなら地獄へ行こう』と決意し、友を助けることを選ぶ。

現代の働く人への示唆 解釈

この物語の頂点は、ハックの一つの決断にある。彼は、ジムの居場所を手紙で知らせれば『正しいこと』をしたことになる、と信じている。だが、ジムとの友情を思い、その手紙を破り捨て、こう言う——「よし、それなら、おれは地獄へ行こう」。自分は罪を犯し地獄へ落ちると信じながら、それでも友を助ける。社会の道徳と心の道徳の衝突が、これほど鮮烈に描かれた場面は少ない。

ハックの偉大さは、自分が『正しい』ことをしていると思っていないことだ。【解釈】彼は最後まで、奴隷を助けるのは罪だと信じている。自分は道徳的に間違ったこと、地獄行きの罪を犯していると思っている。それでも、ジムを見捨てられない。つまり彼は、立派な信念から行動するのではなく、教え込まれた『正しさ』に逆らってでも、目の前の友を見捨てられない、心の声に従う。教わった道徳より、生身の人間への情のほうが、彼の中で勝つ。これこそ、本物の良心だ。

物語の構造——川といかだ、対する岸——が、二つの道徳の対比になっている。【解釈】いかだの上、ジムと二人きりの川の上には、自由と、人間同士の対等な情がある。だが岸に上がるたびに、ハックは『文明社会』の醜さ——詐欺、暴力、偽善、一族の殺し合い——を目撃する。社会が『正しい』とする岸のほうが、実は嘘と残酷さに満ちている。文明の外、川の上でこそ、ハックとジムは本当の人間らしさを生きる。

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原文を無料で読めます。Adventures of Huckleberry Finn(Project Gutenberg掲載の英語原文)