羅生門の時代背景
1915年発表、題材は平安末期の説話。だが芥川がこれを書いたのは、近代化した大正の日本だった。古い説話を借りて、彼が描こうとした近代人の心とは何か。二重の時代から読み解く。
舞台は荒廃した平安末期、出典は『今昔物語集』
物語の舞台は、平安時代の末期。地震、辻風(つむじ風)、火事、飢饉といった災いが次々に起こり、都はすっかり衰え、荒れ果てている。羅生門は、もはや誰も修理せず、狐狸(こり)が住み、引き取り手のない死体が捨てられる、不気味な廃墟になっていた。【解釈】芥川は、この物語の枠組みを、平安時代の説話集『今昔物語集』からとった。だが彼は、古い説話をそのまま語り直したのではない。元の説話には、下人の細かい心理の揺れは描かれていない。芥川は、古典の骨組みを借りながら、そこに、近代的な心理描写を流し込んだ。荒廃した都という極限状況は、人間の心の弱さと、善悪の境界のあやうさを、最もくっきりと浮かび上がらせる舞台として、選び取られている。
書いたのは大正の日本、芥川が見つめた「近代人の心」
この物語が書かれたのは、平安末期ではなく、近代化が進んだ大正4年(1915年)の日本だ。芥川龍之介は、東京帝国大学で学んだ、当時の最先端の知識人だった。【解釈】なぜ、近代の知識人が、わざわざ平安末期の説話を題材に選んだのか。それは、時代や場所を遠く離れた説話の枠を借りることで、かえって、いつの時代にも通じる人間の心の真実を、純粋な形で抽出できるからだ。下人が直面する『善か悪か』の選択、自分の行為を正当化したくなる心理、極限状況での良心の崩れ——これらは、平安末期だけの問題ではなく、近代を生きる人間、いや、あらゆる時代の人間が抱える、普遍的な心の問題だ。芥川は、古典という遠い鏡を使って、自分が生きる近代社会の人間の心を、見つめ直そうとした。
発見: なぜ「羅生門」が芥川の出発点になったのか
「羅生門」は、芥川龍之介が作家として世に出ていく、初期の重要な一作だ。なぜ、この短い物語が、彼の文学の出発点を象徴するのか。【解釈】一つは、方法だ。古典に題材をとり、そこに近代的な心理分析を加えて、人間の本質を鋭く抉り出す——この手法は、その後の芥川文学の、基本的なスタイルになった。もう一つは、主題だ。善と悪のあいだで揺れる人間の心、エゴイズム、自己正当化の論理——これらは、芥川が生涯にわたって問い続けた、中心的なテーマだった。短い物語の中に、人間の心の最も危うい瞬間を、無駄なく、鋭く凝縮してみせる。その密度と切れ味こそ、短編の名手・芥川龍之介の真骨頂だ。雨の羅生門の下で迷い、やがて闇に消えていく一人の下人の姿は、人間の心の暗部を見つめ続けた、芥川文学そのものの、忘れがたい原風景になっているのである。
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