エリザベスの「偏見」はなぜ解けたのか

高慢と偏見(ジェーン・オースティン)の深掘り

ダーシーを「高慢な嫌な男」と決めつけたエリザベス。聡明な彼女が、なぜ誤った第一印象に縛られ、そしてどうやってそこから抜け出したのか。人が人を正しく知る難しさを読み解く。

発見1: 聡明なエリザベスこそ「第一印象」に縛られた

エリザベスは、頭が良く、人を見る目に自信を持っている。皮肉なことに、その自信こそが、彼女を誤らせる。彼女は、舞踏会でのダーシーの高慢な態度から、彼を『傲慢で不愉快な男』と判断し、その第一印象を、絶対に正しいと信じ込む。【解釈】ここに、この物語の鋭い洞察がある。判断力に自信のある人ほど、自分の第一印象を疑わない。エリザベスは、自分は人を見抜けると思っているからこそ、最初の見立てを修正しようとしない。むしろ、ダーシーを悪く言う情報を進んで信じ、彼を弁護する情報を退ける。賢さは、必ずしも人を正しい判断に導かない。時に、賢さゆえの自信が、偏見をいっそう頑固にしてしまう。エリザベスの誤りは、彼女が愚かだからではなく、自分の賢さを過信したことから生まれている。

発見2: 人は「自分の印象に合う情報」ばかりを信じる

エリザベスの偏見を深めたのは、ウィッカムという男の存在だ。彼は、ダーシーにひどい仕打ちを受けたと、もっともらしく語る。エリザベスは、すでにダーシーを嫌っていたから、この話を、何の疑いもなく信じてしまう。【解釈】ここに、人間の心の落とし穴がある。人は、自分がすでに抱いている印象を裏づける情報を、無批判に受け入れ、それに反する情報を退ける傾向がある。エリザベスは、ダーシーを『悪い男』だと思っていたから、彼を悪く言うウィッカムの話を、真実だと思い込んだ。もし先入観がなければ、ウィッカムの話の矛盾に気づけたかもしれない。一度抱いた偏見は、それを補強する情報ばかりを呼び寄せ、自分で自分を強化していく。だからこそ、偏見から抜け出すのは、これほど難しいのだ。

発見3: 偏見が解けるには「動かぬ事実」と「自己反省」が要る

エリザベスの偏見が、ついに解け始めるきっかけは、ダーシーからの一通の手紙だ。彼は、自分の行動の真意と、ウィッカムの本当の正体を、事実とともに説明する。エリザベスは、最初それを疑うが、事実を一つひとつ確かめるうちに、自分が完全に間違っていたことを認めざるをえなくなる。【解釈】偏見が解けるためには、二つのものが必要だった。一つは、印象を覆す『動かぬ事実』。もう一つは、その事実を前にして、自分の誤りを正直に認める『自己反省』の勇気だ。エリザベスは、手紙を読んで、激しい恥ずかしさに襲われる——自分は、人を見る目を誇りながら、最も基本的なところで判断を誤っていた、と。この、自分の偏見を認める痛みこそが、彼女の成長の核心だ。人を正しく知るとは、相手をよく見ることであると同時に、自分の見方の誤りを認める謙虚さを持つことでもある。エリザベスは、ダーシーを理解し直す過程で、同時に、自分自身をも、より深く知ることになったのである。

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