エリスの悲劇は何を映しているのか

舞姫(森鴎外)の深掘り

純真に豊太郎を愛し、裏切られて正気を失う踊り子エリス。彼女の悲劇は、ただ一人の女性の不幸にとどまらない。豊太郎の自我の弱さが生んだ「犠牲」という視点から読み解く。

発見1: エリスは「最も純粋に愛した者」として描かれる

踊り子エリスは、貧しく、教養もないが、まっすぐで、純真な心を持っている。彼女は、打算なく、豊太郎を心から愛し、彼を信じ、彼との未来だけを夢見る。豊太郎が困窮したときも、彼を支え、献身的に尽くす。【解釈】この物語の中で、最も純粋に、ためらいなく愛したのは、エリスだ。豊太郎が、出世と愛のあいだで揺れ、計算し、迷い続けるのに対し、エリスには迷いがない。彼女は、ただ豊太郎を愛し、信じる。その純粋さは、美しいと同時に、危うい。なぜなら、彼女は、自分のすべてを、意志の弱い一人の男に賭けてしまうからだ。最も純粋に愛した者が、最も深く傷つく——エリスの悲劇は、そういう構図の中にある。

発見2: 彼女の「狂気」は、裏切りの重さの証である

豊太郎の裏切りを知ったエリスは、心を病み、正気を失ってしまう。身重のまま、彼女は、もう元には戻れない、回復の見込みのない精神の病に沈む。【解釈】このエリスの狂気は、物語の中で、最も痛ましい結末だ。それは、豊太郎の裏切りが、彼女にとって、いかに耐えがたいものだったかを、何より雄弁に物語っている。豊太郎は日本へ帰り、出世の道を歩むことができる。彼の傷は、悔恨という形で、心の中に収まる。だが、エリスは違う。彼女は、すべてを失い、正気さえ失って、その場に取り残される。一人の人間の弱さと裏切りが、別の一人の人間の、人生そのものを、取り返しのつかないかたちで壊してしまう。エリスの狂気は、豊太郎が背負わねばならない罪の重さを、目に見える形で突きつける、消えない傷跡なのだ。

発見3: エリスは豊太郎の「自我の弱さ」が生んだ犠牲者である

エリスの悲劇は、彼女自身の落ち度から生まれたものではない。それは、豊太郎が、自分の自我を貫けなかった、その弱さの、いわば『つけ』を、彼女が払わされた結果だ。【解釈】もし豊太郎が、自分の心に正直に、エリスとの愛を貫く強さを持っていたら、エリスが狂うことはなかった。もし豊太郎が、最初からエリスを愛さず、近づかなければ、やはり彼女が壊れることはなかった。豊太郎は、自我に目覚めかけ、エリスを愛し、しかしその愛を貫く強さは持たなかった。その中途半端さ——目覚めたが、貫けなかったという弱さ——の犠牲になったのが、エリスだ。近代的な自我に目覚めた一人の男の、その目覚めの不徹底さが、純粋に愛したひとりの女を破滅させる。エリスの悲劇は、近代の入口で揺れた知識人の自我の弱さが、いかに身近な他者を傷つけうるかを映す、痛切な鏡なのである。

あわせて読む

原文を読むには

原文を無料で読めます。舞姫(青空文庫)