なぜジャヴェールは自ら死を選ぶのか
悪人ではない。むしろ誰よりも職務に忠実な警官だ。その彼が、犯人を捕らえる絶好の機会を前に川へ身を投げる。この自殺の理由を解くと、物語が本当に戦わせていたものが見えてくる。
発見1: ジャヴェールは「犯罪者は永遠に犯罪者だ」という一つの信念で出来ている
ジャヴェールは、徒刑場で生まれ育った男だ。彼の世界は完全に二分されている——法を守る者と、法を破る者。一度法を破った者は永遠に犯罪者であり、決して変わらない。だからこそ彼は、市長として善行を重ねるバルジャンを、何年も執拗に追い続ける。「善良な前科者」という存在を、彼の論理は認められないからだ。【解釈】彼は冷血な悪役ではない。むしろ誠実すぎるのだ。問題は、その誠実さが「人は変われない」という一つの硬い信念に縛られていることにある。
発見2: バルジャンの「赦し」が、彼の世界観を内側から破壊する
物語の終盤、蜂起の混乱の中で、バルジャンは自分を長年追ってきたジャヴェールを捕らえる。殺すこともできた。だがバルジャンは彼を解放し、命を救う。【解釈】これがジャヴェールを壊す。彼の論理では、犯罪者は悪であり、自分を脅かす敵を逃すはずがない。ところがその「犯罪者」が、自分を無条件で赦した。善良な犯罪者など存在しないはずなのに、目の前に存在してしまった。彼を逮捕すれば命の恩人を裏切ることになり、逮捕しなければ職務に背く。どちらも選べない。一つの例外が、彼の世界を二分していた線そのものを消してしまったのだ。
発見3: 例外を処理できない硬い体系は、自壊するしかない
ジャヴェールの自殺は、感情の問題ではなく論理の問題だ。彼は「法か恩か」の板挟みではなく、もっと根本的なところで壊れている——彼の生きる根拠だった「人間は二種類に分けられる」という公理が、反例によって崩れたのだ。【解釈】一切の例外を許さない硬い規則の体系は、たった一つの反例で全体が成り立たなくなる。ジャヴェールはその体系そのものを生きていた人間だから、体系が崩れれば彼も存在できない。彼が川に身を投げるのは、敗北したからではなく、自分という体系が証明不能になったからだ。柔軟さを持たない正義は、自分が間違っていたと認めるくらいなら、自らを消すしかない。
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