レ・ミゼラブルの時代背景

レ・ミゼラブル(ヴィクトル・ユゴー)の深掘り

1862年刊行、舞台は革命後の混迷するフランス。クライマックスの「バリケード」は何の戦いなのか。貧困・革命・法の残酷さという時代の現実を知ると、この物語が単なる感動譚ではないことが見えてくる。

パン一切れに19年——貧困を犯罪として罰する法

物語の出発点は、バルジャンが飢えた家族のためにパンを盗み、その罪と脱獄未遂で19年を奪われることだ。これは誇張ではなく、当時の苛酷な刑罰の現実を映している。【解釈】ユゴーが告発したのは、貧困そのものを犯罪として扱い、一度落ちた者に二度と立ち直る道を与えない法の冷酷さだ。前科者は職に就けず、宿も拒まれ、再び犯罪へ追い込まれる。バルジャンの物語は個人の更生譚であると同時に、「悲惨な人々」を生み出し続ける社会の仕組みへの批判である。

クライマックスの「バリケード」は1832年六月暴動である

物語の山場、学生たちが街頭にバリケードを築いて政府軍と戦う場面は、1832年にパリで実際に起きた六月暴動を下敷きにしている。革命(1789年)を経てもなお、貧富の差と政治の混迷が続く中、若者たちが理想を掲げて蜂起し、そして鎮圧された。【解釈】ユゴーはこの史実を物語に取り込み、個人の救済の物語を、社会全体の変革への希望と挫折に重ねた。バリケードで死ぬ若者たちは、バルジャン個人の更生よりも大きな問い——社会そのものは変われるのか——を担っている。

発見: 「変われるか」という問いが、個人にも社会にも向けられている

この物語は二つの層で同じ問いを反復する。個人の層では、バルジャンが「人は変われる」を、ジャヴェールが「変われない」を体現して戦う。社会の層では、革命と蜂起が「社会は変われるか」を問う。【解釈】ユゴーの答えは複雑だ。バリケードの蜂起は鎮圧され、社会はすぐには変わらない。だがバルジャン個人は確かに変わり、彼の赦しはジャヴェールの世界観を砕く。社会の変革は遅く挫折を伴うが、一人の人間が一人の人間を赦すことから、変化の火は確かに点る——個人の物語と歴史の物語を重ねることで、ユゴーは絶望と希望の両方を、同時に描き切っている。

あわせて読む

原文を読むには

原文を無料で読めます。Les Misérables(Project Gutenberg掲載の英訳)