画: エドウィン・オースティン・アビー「リア王」リア王
一言での本質
老いた王が、王国を娘たちに分け与える前に「どれだけ私を愛しているか言ってみよ」と問う——巧みにへつらった娘が国を得て、本当に愛するがゆえに飾れなかった娘が追放される。王は権力も家族も正気も失い、嵐の荒野で裸になって、ようやく「人間とは何か」を見る。すべてを剥ぎ取られた人間に何が残るかを問う、最も過酷な悲劇である。
この作品の背景
「リア王」は1600年代初頭に書かれた悲劇である。老いた王リアは、引退にあたって王国を三人の娘に分け与えようとする。その際、彼は娘たちに「どれだけ私を愛しているか」を言葉で示すよう求める。
上の二人の娘は、心にもない美辞麗句で父への愛を誇張し、それぞれ領土を得る。だが末娘コーディーリアは、愛をうわべの言葉で飾ることを拒み、「娘として当然の分だけ愛しています」と正直に答える。激怒したリアは、最も自分を愛していたコーディーリアを勘当し、追放する。だが領土を得た上の二人は、たちまち本性を現して父を冷遇する。すべてを失ったリアは、嵐の荒野をさまよい、狂気へと落ちていく。
物語の構造
- 愛の試験リア王は娘たちに「どれだけ私を愛しているか」を言葉で示せと求める。へつらった二人が国を得て、正直な末娘コーディーリアは追放される。
- 裏切り領土を得た上の二人の娘は、たちまち本性を現し、引退した父を冷たくあしらい、従者を取り上げ、追い出していく。
- 嵐の荒野すべてを奪われたリアは、嵐の吹きすさぶ荒野へ追い出される。屋根も従者も尊厳もなく、彼は正気を失っていく。
- 裸の人間荒野で、王は雨に打たれる物乞いを見て、「これが人間の本体か」と悟る。地位も衣も剥がれた、むき出しの人間に直面する。
- 遅すぎた再会正直さゆえに追放した末娘コーディーリアが、父を救いに戻る。だが救いは間に合わず、コーディーリアは殺され、リアも彼女の亡骸を抱いて息絶える。
現代の働く人への示唆 解釈
悲劇の発端は、リアが「愛を言葉で測ろうとした」ことにある。彼は娘たちに愛を言葉で証明させ、巧みな誇張を真実と取り違え、飾れない本物の愛を切り捨てた。本当に深い愛ほど、うわべの言葉で表せない。愛を声高な宣言で測ろうとした瞬間、彼は最も愛してくれる者を失う運命にあった。
リアの狂気は、単なる精神の崩壊ではない。【解釈】王として君臨していたときの彼は、自分の権力と地位を、自分自身だと思い込んでいた。すべてを失い、嵐の荒野で裸になって初めて、彼は「人間とは、地位や衣を剥がれた、この哀れな裸の動物にすぎない」という真実を見る。狂気が、正気だったときには見えなかったものを見せる。彼が王として「正気」だったときよりも、すべてを失って「狂った」ときのほうが、世界をはるかに深く見ている。
この劇で最も賢い人物が「道化(フール)」であることは決定的だ。【解釈】道化だけが、王に向かって「あなたは愚か者だ」と面と向かって言える。彼は冗談やなぞかけの形を借りて、誰も言えない真実をリアに突きつける。権力の絶頂にいる者には誰も本当のことを言わない。だから、地位を持たず、まともに扱われない「愚か者」だけが、真実を語れる。最も低い者が最も賢く、最も高い者が最も愚か——この逆転に、シェイクスピアの人間観が凝縮している。
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