画: 『ダモンとピュティアス』(メロスの物語の原型となった友情伝説を描いた版画)走れメロス
一言での本質
人を信じられない暴君の前で、メロスは『友を人質に置いていく、三日のうちに必ず戻る』と誓う。妹の結婚式を終え、約束を果たすため、彼は走る。豪雨、増水した川、力尽きそうな疲労——あらゆる困難が彼を阻む。一度は『もう間に合わない』と諦めかけながら、それでも彼は再び立ち上がり、走る。人を信じる心は本当に存在するのか——その問いに、走りぬくことで答えようとした、友情と信実の物語である。
この作品の背景
「走れメロス」は1940年(昭和15年)に発表された、太宰治の代表的な短編だ。物語の原型は、古代ギリシアに伝わる『ダモンとピュティアスの友情伝説』にある。舞台は、古代の都市国家シラクス(シラクサ)。その王ディオニスは、人を信じることができず、疑心暗鬼から、妹や臣下まで次々に処刑する暴君になっていた。
羊飼いの青年メロスは、この暴君に憤り、王を倒そうとして捕らえられる。処刑される前に、妹の結婚式を挙げさせてほしいと願い出たメロスは、親友セリヌンティウスを身代わりの人質として残し、『三日のうちに必ず戻る』と約束する。王は、メロスがそのまま逃げ、友が代わりに殺されるだろうと、冷笑しながら、その約束を許す。
物語の構造
- 暴君への怒り人を信じられない暴君ディオニスに憤り、メロスは王の暗殺を企てて捕らえられる。
- 命がけの約束妹の結婚式のため、親友を人質に残し、『三日で必ず戻る』と誓って故郷へ向かう。
- 結婚式と帰路妹の式を終えたメロスは、約束を果たすため、刑場のあるシラクスへと走り出す。
- 数々の試練氾濫した川、山賊、灼熱と疲労。一度は『もう間に合わない』と倒れ、諦めかける。
- 再起と信実それでも友を裏切れぬと立ち上がり、走りぬく。王はその姿に心を動かされ、人を信じることを学ぶ。
現代の働く人への示唆 解釈
メロスが本当に戦った相手は、暴君でも、川でも、山賊でもない。【解釈】物語の山場は、力尽きたメロスが、いったん走るのを諦め、『もうどうでもいい、友よ許してくれ』と、自分への言い訳を並べる場面だ。疲れ果てた彼の中に、『間に合わないのだから仕方がない』という、もっともらしい諦めの心が忍び込む。メロスの最大の敵は、この自分自身の弱さ、楽なほうへ逃げようとする心だった。彼は、暴君と戦う前に、まず自分の中の弱さと戦わなければならなかった。
メロスは『正義の人だから』走り続けたのではない。【解釈】彼は一度、はっきりと諦める。立派な信念や正義感が、最後まで彼を支えたわけではない。彼を再び立ち上がらせたのは、もっと素朴なもの——友を裏切れない、友が自分を信じて待っている、その信頼を裏切るわけにはいかない、という、ただ一つの思いだった。理屈や正義ではなく、目の前の友への信実だけが、力尽きた彼をもう一度走らせる。だからこの物語は、英雄の物語ではなく、弱さを抱えた普通の人間が、それでも信頼に応えようとする物語なのだ。
メロスの走りは、暴君の心を変える。【解釈】王ディオニスは、人を信じられない男だった。人は結局、自分のことしか考えない、信頼など幻想だ——そう信じて、誰も信用せず、孤独な暴君になっていた。だが、約束を守るために、傷つき血を流しながら、刑場に駆け込んでくるメロスの姿は、その王の固い不信を、内側から崩していく。信実は、存在する。それを、メロスは言葉ではなく、走りぬくという行為そのもので証明した。王は、その姿に打たれ、『自分も仲間に入れてほしい』と、人を信じる側へ戻ってくる。
さらに深く知る
原文を読むには
原文を無料で読めます。走れメロス(青空文庫)。