悪魔との契約の本当の意味は何か
「魂を悪魔に売る」と聞けば、欲のために身を滅ぼす愚かな話を想像する。だがファウストの契約は、その正反対の意味を持つ。契約の条件をよく読むと、これが「どう生きるべきか」の問いだとわかる。
発見1: 賭けの条件は「満足したら負け」——立ち止まることが敗北である
悪魔メフィストフェレスとファウストの契約は、こうだ。この世であらゆる望みを叶えてやる。その代わり、もしファウストが何かに心から満足し、『時よ止まれ、お前は実に美しい』と願った瞬間が来たら、彼の魂をもらう。【解釈】ここが普通の悪魔契約と決定的に違う。条件は「快楽に溺れたら負け」でも「悪事を働いたら負け」でもない。「満足して立ち止まったら負け」なのだ。つまりファウストの賭けは、生涯にわたって満足せず、求め続けられるか、という挑戦になる。悪魔は彼を堕落させようとするのではなく、彼が満ち足りて動きを止める瞬間を待っている。この契約自体が、「人間は満足した瞬間に終わる」というゲーテの人間観の表明である。
発見2: メフィストフェレスは「悪を欲して善を生む」逆説の力である
悪魔メフィストフェレスは、自らをこう紹介する——「常に悪を欲しながら、常に善を生み出す、あの力の一部だ」。彼はファウストを誘惑し、堕落させ、立ち止まらせようとする。だがその誘惑が、皮肉にもファウストを次の経験へと駆り立て、彼を成長させていく。【解釈】ここにゲーテの深い洞察がある。悪魔の誘惑は、ファウストに恋を、冒険を、事業を経験させる原動力になる。もし悪魔がいなければ、ファウストは絶望した老学者のまま死んでいた。悪は、人間を停滞から引き剥がし、前へ動かすエンジンとして機能する。完全な善(停滞)より、過ちを伴っても動き続けること。悪魔は、その運動の触媒なのだ。
発見3: 最後にファウストが「止まれ」と言ったのに、悪魔は勝てない
物語の結末、ファウストは土地を干拓し、人々が自由に暮らせる土地を作る事業に意義を見出す。そして未来のその光景を思い描き、ついに「そのような瞬間になら、時よ止まれと言えるだろう」とつぶやいて死ぬ。形式上、悪魔は賭けに勝ったはずだ。【解釈】だが彼の魂は天に救い上げられ、悪魔は魂を奪えない。なぜか。ファウストが満足したのは、自分の快楽ではなく、人々のために働くという未来への志においてだったからだ。彼が「止まれ」と言ったのは、過去の達成への満足ではなく、これから人々が幸福に暮らす未来への希望に対してだった。求める対象が自分から他者・未来へ向かったとき、その満足はもはや停滞ではなく、最も高い形の前進になっていた。悪魔は契約の文字に勝ったが、その精神には負けたのである。
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