エミールは何を説いた教育論なのか

エミール(ジャン=ジャック・ルソー)の深掘り

「自然に従う教育」とは、子どもを放任することではない。ルソーが本当に主張したのは、当時の常識を根底から覆す、子どもという存在そのものの捉え直しだった。

発見1: 「子どもは小さな大人ではない」という発見

ルソー以前、子どもは「未熟な大人」「不完全な大人」とみなされていた。だから教育とは、子どもを早く大人に近づけること——大人の知識、大人の礼儀、大人の理屈を、できるだけ早く詰め込むことだった。【解釈】ルソーは、これを根本から否定する。子どもは、未熟な大人ではない。子どもには、子ども固有の見方、感じ方、考え方、そして成長の段階がある。幼児には幼児の、少年には少年の、それぞれにふさわしい世界の理解の仕方がある。それを無視して大人の理屈を押しつけるのは、自然に反している。「子ども時代には、それ自体の価値がある」——この、今では当たり前に思える考えを、ルソーは初めてはっきりと打ち出した。私たちが持つ「子どもらしさを大切に」という感覚は、この本に源を持つ。

発見2: 本からではなく「経験」から学ばせる

ルソーは、幼い子どもに本で知識を詰め込むことを厳しく戒める。彼にとって、子どもが学ぶべきは、まず自分の身体と感覚を通した、世界との直接の関わりだ。【解釈】たとえば、所有という概念を教えるのに、ルソーは言葉で説明しない。エミールに畑を耕させ、種をまかせる。その畑を他人に荒らされる経験を通して、エミールは「自分が労働して得たものを所有する」とはどういうことかを、身をもって理解する。言葉で教えられた知識は上滑りするが、自分の経験から掴んだ理解は、その人のものになる。必要に迫られて、自分で考え、自分で発見すること——それこそが本物の学びだ、とルソーは説く。これは、暗記中心の教育への、根本的な異議申し立てだ。

発見3: 教育とは「教え込む」ことではなく「妨げない」ことである

ルソーの教育の最も逆説的な点は、「消極教育」という考え方だ。彼は、徳や知識を早くから積極的に教え込むことに反対する。むしろ、教育者がすべき最も大切なことは、子どもの自然な発達を妨げないこと、悪い影響から守ることだと言う。【解釈】これは、教育を「注ぎ込む作業」から「育つのを助ける作業」へと転換する発想だ。植物を育てるのに、無理に引っ張って伸ばすことはできない。できるのは、よい土と日光と水を与え、害虫から守り、自然に育つのを見守ることだけだ。子どもも同じで、内側に育つ力を持っている。教育者の役割は、その力を信じ、育つための環境を整え、邪魔をしないことだ。「教えすぎないことが、最良の教育になる」——大量の情報を詰め込みがちな現代の教育に対して、この250年前の逆説は、いまも鋭い問いを投げかけている。

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