フランダースの犬の時代背景
1872年発表、舞台は19世紀ベルギー。なぜ本場ヨーロッパよりも日本でとりわけ深く愛されたのか。物語の背景と、ルーベンスの絵が持つ意味から読み解く。
舞台は19世紀のベルギー、フランダース地方
物語の舞台は、19世紀のベルギー、アントワープ近郊のフランダース地方だ。風車の回る平原と、遠くにアントワープの大聖堂の尖塔が見える、のどかな農村地帯。【解釈】だが、そののどかな風景の中で、貧富の差は厳しく、貧しい者の暮らしは過酷だった。ネロのような身寄りのない貧しい少年が、わずかな仕事で食いつなぎ、ひとたび不運に見舞われれば、たちまち生きる術を失う——そうした、当時の貧困層が置かれた厳しい現実が、物語の背景には横たわっている。作者ウィーダは、イギリス人だったが、フランダース地方の風土と、そこに生きる貧しい人々の姿を、この物語に写し取った。美しい田園風景と、その中で見捨てられていく貧しい魂との対比が、物語の哀切さを、いっそう深めている。
ルーベンスの絵が象徴する「美と救い」
ネロが命がけで一目見たいと願った、アントワープ大聖堂のルーベンスの絵。これは、実在する、フランドル絵画の巨匠ルーベンスの傑作だ。【解釈】貧しいネロにとって、この絵は、単なる絵画ではない。それは、貧しさにあえぐ日々の現実の、はるか上にある、崇高な美の世界の象徴だった。地上では何一つ報われなかった彼が、心から憧れ、求め続けたもの——それが、この聖なる芸術だった。最期の夜、月明かりの中で、ついにその絵を目にしたネロが、深い幸福に満たされて昇天する場面は、象徴的だ。物質的な幸福をすべて奪われた純粋な魂が、最後に、芸術の美と、宗教的な聖性に包まれて、救われる。ルーベンスの絵は、この世の不幸を超えた、魂の安らぎと救済の象徴として、物語の結末に、清らかな光を投げかけているのである。
発見: なぜ日本でとりわけ深く愛されたのか
「フランダースの犬」は、興味深いことに、作者の故国イギリスや、舞台となったベルギーよりも、はるかに日本で、深く、広く愛されてきた。とりわけ、テレビアニメ化されて以来、その悲しい結末は、世代を超えて、多くの日本人の涙を誘ってきた。【解釈】なぜ、日本人は、この物語にこれほど心を寄せるのか。一つには、報われずに滅びる純粋な魂への、深い共感がある。けなげに努力しながらも、運命に翻弄され、静かに散っていく——そうした、はかなくも美しいものへの哀惜の情は、日本人の感性に、深く訴えかける。また、見返りを求めない忠誠を尽くすパトラッシュの姿も、日本人が大切にしてきた、義理や、ひたむきな心と、響き合う。成功や勝利の物語ではなく、報われなくても気高くあろうとした魂の物語。そのいさぎよい悲しみの中にこそ、本物の美しさと尊さを見出す——この物語が日本で愛され続けてきたことは、何が本当に尊いのかを、勝ち負けとは別のところで見つめようとする、一つの心のあり方を、静かに映し出しているのかもしれない。ネロとパトラッシュの物語は、国境を越えて、純粋であること、誠実であることの、けっして報われずとも消えない価値を、私たちに問いかけ続けているのである。
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原文を無料で読めます。A Dog of Flanders(Project Gutenberg掲載の英語原文)。