坊っちゃんの「まっすぐさ」はなぜ痛快なのか

坊っちゃん(夏目漱石)の深掘り

損得を考えず、正しいと思うことを貫く坊っちゃん。世渡り下手で損ばかりする彼の生き方が、なぜ読者にこれほど爽快感を与えるのか。まっすぐさの魅力を読み解く。

発見1: 坊っちゃんは「損得を計算しない」

坊っちゃんは、物語の冒頭から、『親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている』と自分を語る。彼は、何かをするとき、それが自分の得になるか損になるかを、計算しない。【解釈】二階から飛び降りて腰を抜かしたり、友達にそそのかされて無茶をしたり——彼の行動は、いつも、その場の正直な気持ちのままだ。大人になっても、それは変わらない。正しいと思えば、自分が不利になろうと、そうする。間違っていると思えば、相手が上司だろうと、立ち向かう。この、損得勘定の欠けた生き方は、世間的には『要領が悪い』ものだ。だが、誰もが損得を計算して動く世の中だからこそ、計算しないまっすぐさが、まぶしく、爽快に映る。坊っちゃんは、私たちが心のどこかで憧れる、打算のない生き方を、体現している。

発見2: 「卑怯なこと」を生理的に許せない

坊っちゃんの正義感は、立派な理屈や思想から来ているのではない。それは、もっと本能的なものだ。彼は、卑怯なこと、ずるいこと、陰でこそこそ人を陥れるようなことが、生理的に我慢できない。【解釈】赤シャツや野だいこのやり方——表では good 人を装い、裏で画策する——を見ると、坊っちゃんは、理屈より先に、体が怒る。彼にとって、正直であることは、努力して守る道徳ではなく、生まれつきの性分だ。だからこそ、その怒りには、嘘がない。世間を渡るために正義を口にする人は多いが、坊っちゃんの正義は、損をしてでも貫かずにいられない、本物の感情だ。この、頭ではなく体で正義を感じる純粋さが、読者の共感を呼ぶ。私たちが、ずるさに対してうまく怒れないとき、坊っちゃんは、私たちに代わって、まっすぐに怒ってくれる。

発見3: 「うまく生きられない」からこそ愛される

坊っちゃんは、決して『成功者』ではない。彼は、田舎の学校で、組織にうまく溶け込めず、結局は嫌気がさして、教師を辞めて東京に帰ってしまう。世間的に見れば、彼は世渡り下手で、損な生き方をしている。【解釈】だが、この『うまく生きられなさ』こそ、坊っちゃんが愛される理由だ。器用に立ち回り、出世していく赤シャツのような人間は、賢いかもしれないが、好きにはなれない。一方、まっすぐすぎて損ばかりする坊っちゃんは、不器用だが、信頼できる。彼は、自分を曲げてまで成功することを、潔しとしない。負けて帰っても、自分のまっすぐさは、一歩も曲げなかった。漱石は、世間でうまく立ち回ることと、人間として信頼できることは、別だと知っていた。坊っちゃんが、百年以上たっても日本人に愛されるのは、彼が、勝ち負けを超えたところで、まっすぐな魂の気持ちよさを、体現しているからだ。うまく生きることより、まっすぐ生きることのほうが尊い——この物語は、そっとそう教えてくれる。

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