なぜ「要らない子」が「なくてはならない子」になったのか

赤毛のアン(L・M・モンゴメリ)の深掘り

物語は残酷な前提から始まる——アンは望まれていなかった。手違いで届き、返されかけた。その彼女が最後にかけがえのない存在になる過程に、価値というものの正体が表れている。

発見1: アンの価値は、最初から備わっていたのではなく、関係の中で生まれた

物語の冒頭、アンの価値はマイナスである。望まれたのは「働ける男の子」で、彼女は要件を満たさない不良品として返品されかける。【解釈】だが時間とともに、彼女の価値は劇的に変わる。能力が変わったからではない。マシューやマリラとの関係が積み重なり、彼らにとっての意味が変わったからだ。価値は、人やモノにあらかじめ内蔵されているのではなく、関わりの歴史の中で生成され、増えていく。最初に値札を見て「使えない」と判断された存在が、関係を通じて値づけし直される——これは、効率や条件で人を選別する世界への、静かな反論である。

発見2: マシューの『この子がいい』という一言が、価値を逆転させた

アンを返すかどうかの瀬戸際、寡黙なマシューがぽつりと「あの子はうちにいてもいいんじゃないか」と言う。理屈ではない。彼はアンと馬車に乗った短い時間で、すでに彼女に心を動かされていた。【解釈】価値の逆転は、合理的な判断からではなく、一人の人間の直感的な「この子がいい」から始まった。条件(男の子であること、働けること)で測れば、アンはいつまでも不合格だ。だがマシューは条件ではなく、アンその人を見た。誰か一人が条件を超えて「あなたがいい」と言うこと——それが、要らない存在を、なくてはならない存在へ変える最初の一押しになる。

発見3: 最後の選択で、アンは『必要とされる側』から『引き受ける側』へ回る

物語の終盤、マシューが急死し、マリラは失明の危機に陥る。輝かしい大学進学の夢を目前にしたアンは、それを手放し、島に残ってマリラと農場を守る道を選ぶ。【解釈】ここでアンは決定的に立場を変える。かつて要らない子として受け入れてもらった彼女が、今度は自ら進んで、年老いて弱った相手を引き受ける側に回る。受けた受容を、返す番が来たのだ。価値は関係の中で生まれると言ったが、その関係は一方通行では完成しない。受け取った者が与える者へ回ったとき、「要らない子」と「なくてはならない子」の物語は、円環を閉じる。アンはもう、価値を与えられる存在ではなく、価値を生み出す主体になっている。

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原文を無料で読めます。Anne of Green Gables(Project Gutenberg掲載の英語原文)