檸檬が書かれた時代背景

檸檬(梶井基次郎)の深掘り

「檸檬」は1925(大正14)年1月、同人誌「青空」創刊号に発表された。大正の終わり、関東大震災の傷が残る時代である。だが時代背景は単なる説明ではない。この時代そのものが、檸檬と裏通りの対比として作品に刻まれている。

発表は1925年、大正最後の年

初出は「青空 創刊号」(青空社、1925年1月)である(出典: 青空文庫図書カード)。大正14年は大正という時代の実質的な最終盤で、翌々年には昭和へ改元される。第一次世界大戦後の好況とその反動の不況、1923(大正12)年の関東大震災を経て、社会の空気には繁栄と不安、近代化と荒廃が同居していた。

結核が不治の病だった時代

作中の「私」は「肺尖カタル」を病んでいる。肺結核の初期を指す当時の言い方である。抗生物質による治療が確立する前の時代、結核は若者の命を奪う代表的な病だった。作者の梶井基次郎自身も結核を病み、1932年に30歳で亡くなっている(生没年の出典: 青空文庫図書カード)。死を間近に感じる者の、異様に研ぎ澄まされた感覚——掌の熱さ、檸檬の冷たさ、びいどろの幽かな味——が、この作品の張りつめた文体を支えている。

発見: 「舶来の檸檬」対「崩れゆく裏通り」という時代の構図

この小説には二つの美が対立している。一方は、崩れかかった土塀、傾いた家並、汚い洗濯物といった「見すぼらしくて美しい」日本の裏通り。もう一方は、カリフォルニア産の檸檬と、舶来の香水や洋書が並ぶ丸善という、輝く西洋の近代である。【解釈】これは大正末という時代そのものの構図と重なる。急速に西洋化し舶来品があふれる都市と、その裏で朽ちていく古い日本。「私」はそのどちらにも安住できない。眩しい近代(丸善)は重くて入れず、朽ちる日本(裏通り)に惹かれながらも、結局そこから救い出してくれるのは舶来の檸檬一個だった。時代の引き裂かれが、一人の青年の感覚のレベルで再現されている。

同人誌の時代と無名の出発

大正末期は、若い書き手が自分たちの同人誌から出発するのが当たり前の時代だった。「檸檬」も商業誌ではなく、梶井たちが作った同人誌「青空」の創刊号に載った。発表当時はほとんど読まれず、梶井の評価が定まったのは死後である。皮肉にも、無名の青年が同人誌に放った「爆弾」は、何十年もかけて日本文学を静かに爆発させ続けている。

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原文を無料で読めます。青空文庫「檸檬」(梶井基次郎)(図書カード)。