ハムレットが書かれた時代背景
1600年前後のイングランドで、なぜ「亡霊に復讐を命じられて確かめる男」の劇が生まれ、当たったのか。宗教改革・王位継承・流行ジャンルという三つの時代の事情が、この劇の奇妙な形をほぼ説明してくれる。
宗教改革が「死者との回路」を切断した直後だった
16世紀の宗教改革で、イングランドの公式教義から煉獄が消えた。それまで人々は、死者のためにミサを上げ祈りを捧げることで、死者とまだつながっていられた。改革はその回路ごと制度を廃止した。残された生者には、死者に何かしてやる手段がない。【解釈】ハムレットの亡霊は、まさにこの切断面から現れる。亡霊は古い教義の言葉(煉獄の火)で語り、それを聞くのは新しい教義の大学(ヴィッテンベルク)の学生である。死者は旧制度のままで、生者だけが新制度に移行してしまった——この劇の不気味さの核心は、時代がまるごと経験していた「弔いの宙吊り」を舞台に上げたことにある。亡霊が本物か悪魔かというハムレットの疑いは、観客全員が現実に抱えていた認識の危機だった。
後継者のいない老女王の国で、王位簒奪と選挙の劇を上演した
初演当時のイングランドは、エリザベス1世の治世の最末期にあたる。女王は老い、子はなく、後継者は公に定まっていなかった(女王は1603年に死去し、王朝が交代する)。誰が次の王になるのかは、口にすることすら危険な、国全体の不安だった。【解釈】そこへこの劇は、王の急死、疑わしい継承、外国軍の侵入の脅威、そして最後に外国の王子(フォーティンブラス)が王位を得る物語をぶつけた。デンマークという外国の話に置き換えてあるのは、検閲を考えれば当然の偽装である。観客は亡霊や復讐と同時に、自分たちの数年後かもしれない「王が死んだ朝」を見ていた。
「復讐悲劇」という流行の型を、わざと壊して作った
当時のロンドンの劇場では、復讐悲劇は確立した人気ジャンルだった。亡霊が現れ、復讐者が狂気(または狂気のふり)を経て、血みどろの最終場へ向かう——観客はこの型を熟知しており、ハムレット以前に同題材の劇(現存しない先行ハムレット劇)があったことも知られている。【解釈】シェイクスピアの発明は、この型の中心に「停止」を置いたことだ。観客がジャンルの約束として期待する即時の復讐を、主人公が「その命令は正しいのか」と疑い続ける。つまり観客の期待そのものが、亡霊と同じく「早くやれ」と主人公を急かす圧力として機能する。ジャンルの命令に従わない復讐者を復讐悲劇の中央に置いた瞬間、娯楽の型は「行動と正当性」を問う装置に変わった。400年残ったのは、亡霊のためではなく、この反転のためである。
あわせて読む
原文を読むには
本作はパブリックドメイン(著作権保護期間満了)であり、原文を無料で読めます。The Tragedy of Hamlet, Prince of Denmark(Project Gutenberg掲載の英語原文)。