ラスコーリニコフはなぜ殺したのか

罪と罰(フョードル・ドストエフスキー)の深掘り

金のためか、貧困のためか、狂気のためか。どれも部分的にしか当たらない。彼の動機は、彼自身が最後まで言い切れないほど分裂している。その分裂こそが答えだ。

発見1: 殺したのは彼ではなく、彼の『理論』だった

ラスコーリニコフは、犯行前に一つの論文を書いている。人類は「凡人」と「非凡人」に分かれ、非凡人(ナポレオンのような者)は、より大きな目的のために既存の道徳や法を踏み越える権利を持つ、という理論だ。彼の殺人は、衝動ではなく、この理論が正しいか、そして自分がその非凡人の側かを確かめる「実験」として行われる。【解釈】つまり凶器は斧である前に、一つの観念である。彼は人間としてではなく、理論の実証者として老女を殺す。動機が「金」でも「恨み」でもしっくりこないのは当然だ——本当の動機は、抽象的な命題の証明だったからである。

発見2: 予定外の二人目の殺人が、理論の嘘を即座に暴く

ラスコーリニコフは高利貸しの老女だけを殺すつもりだった。老女は「社会の害虫」であり、その死は理論上「正当化できる」はずだった。だが現場に、無垢で無害な妹リザヴェータが戻ってきてしまい、彼は彼女まで斧で殺す。【解釈】この二人目の殺人が、理論の破綻を犯行のその場で証明している。「害虫を除く正義の殺人」という建前は、巻き添えになった無辜の人間の死によって、一瞬で「ただの殺人」へと崩れ落ちる。理論は現実の前で必ず取りこぼしを出す。そしてその取りこぼし(リザヴェータ)こそが、以後ラスコーリニコフの良心を最も激しく苛むものになる。きれいな理論は、必ず汚い現実をはみ出させる。

発見3: 都市の熱と貧困が、観念に火をつける装置だった

物語のペテルブルクは、夏の酷暑、悪臭、人いきれ、黄ばんだ壁に満ちている。ラスコーリニコフは狭い「棺桶のような」屋根裏部屋で、飢えと不眠の中、ひたすら考え続ける。【解釈】彼の理論は、真空で生まれたのではない。逃げ場のない貧困と、人を圧迫する都市の物理環境が、健全なら抑え込まれたはずの危険な観念を、煮詰めて暴走させた。ドストエフスキーは、犯罪を個人の悪のせいにも、社会のせいにも一方的にはしない。追い詰められた身体的条件と、それを正当化する観念とが噛み合ったとき、人は一線を越える。環境と思想は、犯罪において共犯関係にある。

あわせて読む

原文を読むには

原文を無料で読めます。Crime and Punishment(Project Gutenberg掲載の英訳・コンスタンス・ガーネット訳)