# トルストイの戦争と平和を深く理解するための背景知識
１．時代背景：１９世紀初頭のロシアとヨーロッパ
「戦争と平和」は、主に１８０５年から１８２０年にかけてのロシアを舞台としています。この時代は、ナポレオン戦争がヨーロッパ全体を揺るがし、ロシアもその渦中に巻き込まれていた激動の時代でした。
ナポレオン率いるフランス軍は、ヨーロッパ諸国を次々と征服し、その勢力はロシアにも迫っていました。ロシアは、オーストリアやプロイセンなどの国々と同盟を結び、ナポレオンに対抗しようとしますが、アウステルリッツの戦い（１８０５年）やフリートラントの戦い（１８０７年）などで敗北を喫します。
１８１２年、ナポレオンはついにロシアへの侵攻を開始します。ロシア軍は、焦土作戦やゲリラ戦などを駆使して抵抗し、フランス軍に大きな損害を与えます。モスクワを占領したナポレオンでしたが、補給路を断たれ、厳しい冬将軍の到来もあり、撤退を余儀なくされます。ロシア軍は、フランス軍を追撃し、ヨーロッパ諸国とともにナポレオンを破り、１８１４年にパリに入城します。
このナポレオン戦争は、ロシア社会に大きな影響を与えました。戦争による経済的な疲弊や、農奴制などの社会問題が深刻化し、ロシア国内では自由主義思想や改革を求める動きが高まっていきました。デカブリストの乱（１８２５年）は、こうした時代背景の中で起きた出来事です。
２．ロシア社会：貴族社会とその階層
「戦争と平和」に登場する人物たちは、主にロシア貴族階級の人々です。当時のロシア貴族社会は、厳格な身分制度によって階層化されていました。
最上位に位置するのは、皇帝と皇族です。その下に、公爵、侯爵、伯爵、男爵などの貴族が続き、それぞれが特権と義務を負っていました。貴族たちは、広大な領地を所有し、農奴を従えていました。農奴は、貴族の土地で農業に従事し、貴族に貢納を納める義務がありました。
貴族社会は、華やかな社交界を形成していました。舞踏会や晩餐会などの社交行事が頻繁に開かれ、貴族たちは、そこで社交術や教養を競い合っていました。フランス語が貴族社会の共通語として使われ、フランス文化の影響が強く見られました。
しかし、貴族社会の内部には、貧富の差や身分による差別が存在していました。裕福な貴族は、贅沢な生活を送り、政治や軍事に大きな影響力を持っていましたが、貧しい貴族は、生活に苦労し、社会的な地位も低かったのです。
３．ロシア正教：信仰と教会の影響力
ロシア正教は、ロシアの国教であり、ロシア人の生活に深く根付いていました。人々は、教会で洗礼を受け、結婚式を挙げ、葬儀を行い、日常生活の中で信仰を守っていました。
ロシア正教会は、皇帝を支持し、国家権力と密接な関係を持っていました。教会は、国民に忠誠心や愛国心を説き、社会秩序の維持に貢献していました。
「戦争と平和」の登場人物たちも、ロシア正教の信仰に深く影響を受けています。彼らは、人生の困難に直面したとき、神に祈りを捧げ、信仰から慰めや希望を得ています。また、登場人物たちの倫理観や価値観にも、ロシア正教の教えが反映されています。
４．トルストイの思想：人生観と社会観
「戦争と平和」は、トルストイの深い人生観と社会観が反映された作品です。トルストイは、人間の自由意志と歴史の必然性、戦争の非人間性、農奴制の問題など、様々なテーマについて考察を深めています。
トルストイは、人間の自由意志を重視し、個人の道徳的な責任を強調しました。彼は、人間は理性と良心によって正しい行動を選択できると考えていました。しかし、同時に、歴史は人間の意志を超えた大きな力によって動かされているとも認識していました。
トルストイは、戦争を人間の愚行として厳しく批判しました。彼は、戦争は人々に苦しみと悲しみをもたらすだけであり、何の解決にもならないと考えていました。ナポレオン戦争の描写を通して、トルストイは、戦争の悲惨さと非人間性を訴えています。
トルストイは、農奴制にも批判的な立場をとっていました。彼は、農奴制は人間性を否定する制度であり、廃止されるべきだと考えていました。農民たちの生活を描写することで、トルストイは、農奴制の不当性を告発しています。
これらの背景知識を理解することで、「戦争と平和」をより深く読み解くことができるでしょう。登場人物たちの行動や心理、物語の展開、そしてトルストイが伝えようとしたメッセージを、より深く理解することができるはずです。
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