「本当の幸い」とは何かをこの物語はどう問うのか
ジョバンニとカムパネルラが旅の中で繰り返し触れる「本当の幸い(さいわい)」。それは自分一人の幸福を超えた問いだ。賢治がこの言葉に込めたものを読み解く。
発見1: 「本当の幸い」は自分一人の幸福ではない
ジョバンニは、銀河の旅の中で、心の奥からこう思う——みんなの本当の幸いのためなら、自分のからだなんか、百ぺん灼かれてもかまわない、と。これは、自分一人が幸せになりたい、という願いではない。【解釈】賢治が問う『本当の幸い』は、個人の幸福を、はるかに超えたところにある。それは、自分だけでなく、すべての人が、いや、生きとし生けるものすべてが、幸せであるような状態だ。自分一人が満たされても、まわりに苦しむ人がいれば、それは本当の幸いではない。ジョバンニの願いは、自分を犠牲にしてでも、みんなを幸せにしたい、という、限りなく大きく、深いものだ。この、自己を超えてすべての幸いを願う心こそ、賢治の思想の、最も中心にあるものだった。
発見2: 賢治は「答え」を簡単には与えない
では、『本当の幸い』とは、具体的に何なのか。物語は、それをはっきりと定義しない。ジョバンニも、カムパネルラも、旅の終わりまで、この問いの答えを、完全には見つけられない。【解釈】これは、賢治の誠実さの表れだ。本当に大切な問いには、簡単な答えなどない。『幸いとはこれだ』と一言で示せるなら、それはきっと、本物の幸いではない。賢治は、答えを与える代わりに、ジョバンニに——そして読者に——この問いを、抱え続けさせる。重要なのは、答えを手に入れることではなく、『本当の幸いとは何か』と問い続けながら生きることそのものなのだ。物語が未完のまま遺されたことさえ、この『問い続ける』姿勢と、どこか響き合っている。賢治は、読者一人ひとりに、この問いを手渡して、自分で考え続けることを促している。
発見3: 問いを抱くこと自体が、人を成長させる
ジョバンニは、銀河の旅を終えて目覚めたとき、旅の前とは違う人間になっている。彼は、親友の死という深い悲しみを知り、『本当の幸い』への問いを、心に深く刻んで、現実の世界へ戻ってくる。【解釈】この旅を通して、孤独な少年ジョバンニは、内面的に大きく成長する。彼は、自分の不幸や孤独だけを見つめる少年から、すべての人の幸いを願い、その意味を問う少年へと変わる。答えは見つからない。だが、その問いを抱いたこと自体が、彼を、より深く、より優しい人間にした。『本当の幸いとは何か』と問うことは、自分の小さな殻を破り、世界全体へと心を開いていくことだ。賢治は、この問いを抱えて生きる人間こそが、本当に豊かに生きる人間だと信じていた。だからこの物語は、答えを教えてくれないにもかかわらず——いや、教えてくれないからこそ——読む者の心に、生涯消えない問いの火を、そっと灯すのである。
あわせて読む
原文を読むには
原文を無料で読めます。銀河鉄道の夜(青空文庫)。