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バタイユのニーチェについての美

## バタイユのニーチェについての美

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バタイユにおけるニーチェ解釈

バタイユは、ニーチェを「限界体験」の思想家として捉え、その思想の根幹に「ディオニソス的なもの」を見出します。 ディオニソス的なものとは、理性や秩序によって抑圧された、人間存在の根源的な力、生の力そのものを指します。バタイユは、ニーチェが西洋哲学の伝統的な理性主義、形而上学を批判し、このディオニソス的なものの肯定へと向かっていったと解釈します。

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美と生の肯定

バタイユは、ニーチェにおいて美が、このディオニソス的な力と深く結びついていると主張します。 ニーチェは、芸術を「生の賛歌」と捉え、美を、生の力強さ、苦悩、矛盾、そして死までもを含んだ生の全体性を肯定するものとして理解しました。

バタイユは、ニーチェの著作である『悲劇の誕生』における議論を引き合いに出しながら、この点を解説します。『悲劇の誕生』においてニーチェは、古代ギリシャ悲劇におけるアポロン的なものとディオニソス的なものの対比を論じています。アポロン的なものは、理性、秩序、調和などを象徴し、一方、ディオニソス的なものは、陶酔、狂気、生の根源的な力などを象徴します。

バタイユは、ニーチェが、アポロン的なものだけで完結する美ではなく、ディオニソス的なものを包摂した、より根源的な美を志向していたと解釈します。
それは、生の肯定、すなわち、苦悩や死をも含んだ生の全体性を肯定するような、生の力強さを表現するような美です。

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