阿部公房の箱男が書かれた時代背景

阿部公房の箱男が書かれた時代背景

阿部公房の『箱男』は1973年に発表されました。この時期、日本は高度経済成長期を終え、消費社会へと移行していく過渡期にありました。メディアの多様化が進み、テレビが一般家庭に普及し始めた時代でもあります。このような背景のもと、読書が持つ位置づけは大きく変化していきました。

テレビの普及と読書への影響

1970年代初頭、テレビは日本の家庭に急速に普及し、情報の伝達手段として重要な役割を果たし始めました。テレビの登場により、情報を得るために読書をする必要性が低下し、娯楽としての読書の価値も変化しました。テレビドラマやバラエティ番組が人々の娯楽の中心となり、読書はより個人的な趣味や専門知識を深める手段としての位置づけが強まりました。

出版業界の変化

同時期、出版業界ではペーパーバックの普及が進みました。これにより、書籍はより手軽に、かつ安価に購入可能となり、読書人口の拡大が期待されました。しかし、メディアの多様化に伴い、読者の嗜好も多様化し、一つのトレンドを生み出しにくい環境となりました。このような状況の中で、阿部公房のような独自の視点を持つ作家の作品は、読書市場に新たな風を吹き込むことになりました。

読書の社会的位置づけ

1970年代の日本では、読書は教養を深め、知識を拡充する手段としての価値が高く評価されていました。学生や知識人層を中心に、読書は自己啓発や思想の形成に不可欠な活動と見なされていました。『箱男』のような文学作品は、社会のあり方や人間の内面を探求する手段として重要な役割を果たしており、読書はより深い思索を促す活動として位置づけられていました。

この時代、読書は情報の受動的な受け手であることから、能動的に知識を追求し、自分の世界観を構築するための手段として重要な位置を占めていました。阿部公房の『箱男』は、このような時代背景の中で、個人のアイデンティティや社会との関わり方を問う作品として、特に注目を集めました。読書の位置づけは、単なる情報の伝達や娯楽の提供を超え、個人の内面と社会との関係を考えるきっかけを提供するものとなっていたのです。