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政治学×シェイクスピア:お気に召すまま

序章:宮廷社会とアーデンの森-異なる政治空間の対比

シェイクスピアの喜劇『お気に召すまま』は、追放された公爵とその廷臣たちが暮らすアーデンの森を舞台に、愛と追放、自然と文明といったテーマを軽妙洒脱に描いた作品です。一見、牧歌的な田園生活を描いたロマンティックコメディに見えますが、その背後には、権力闘争、社会的不平等、ジェンダー、そして自然と人間の関係といった、現代政治学が扱うテーマと深く関連する要素が隠されています。本稿では、『お気に召すまま』を現代政治学のレンズを通して多角的に分析することで、アーデンの森という政治空間を解き明かし、作品世界に込められた政治的なメッセージを読み解いていきます。

第一章:公爵の追放とアーデンの森-政治的混乱とオルタナティブな社会

物語は、弟フレデリックによって追放された前公爵が、忠実な廷臣たちと共にアーデンの森に逃れるところから始まります。公爵は、不当な権力によって追放され、宮廷社会から排除されますが、森の中で自由と自然を享受し、新しい共同体を築きます。

これは、政治的混乱や社会的不正義によって故郷を追われ、新しい生活を求めて移住する人々の状況を想起させます。現代社会においても、戦争や紛争、迫害、あるいは貧困など、様々な要因によって故郷を離れざるを得ない人々が数多く存在します。

1.1権力の源泉と正統性-簒奪と正当な支配

フレデリックは、兄である前公爵を追放し、権力を簒奪します。彼の行動は、暴力や欺瞞によって権力を得ようとする者たちの姿を象徴しています。権力の正統性は、政治学における重要なテーマであり、法や伝統、あるいは国民の支持など、様々な根拠に基づいて主張されます。

現代社会では、民主主義の理念に基づき、選挙によって選ばれた指導者が正統な権力者と見なされます。しかし、クーデターや独裁など、非合法な手段によって権力を掌握する場合、その正統性は疑問視されます。

1.2アーデンの森-ユートピア?

アーデンの森は、宮廷社会の腐敗や権力闘争とは対照的に、自由と平等、そして自然と調和した理想的な社会として描かれています。これは、ユートピアの概念を想起させ、現実の社会が抱える問題や矛盾から解放された理想社会を求める人間の願望を反映しています。

しかし、アーデンの森は完全なユートピアではありません。そこには、貧困や飢餓、暴力といった現実の問題も存在し、人間の本質は、場所や環境によって変わるわけではないことを示唆しています。

第二章:追放者たちの共同体-自然の中で築かれる社会契約

アーデンの森には、前公爵とその廷臣たちだけでなく、羊飼いコーリンやオーランドーなど、様々な境遇の人々が集まり、新しい共同体を形成します。彼らは、自然と共存し、互いに助け合いながら、自由で平等な社会を築こうとします。

これは、社会契約説の概念と関連付けることができます。社会契約説は、個人が自然状態から脱し、社会を形成する際に、互いに合意して一定の権利を放棄し、政府に権力を委ねることで、秩序と安全を確保するという考え方です。

2.1異なる社会契約-ホッブズ、ロック、そしてルソー

アーデンの森における社会契約は、ホッブズ(Hobbes)が描いたような、絶対的な権力者による支配を必要とする契約ではなく、ロック(Locke)が提唱した、個人の自然権を尊重し、制限された政府による統治を前提とする契約に近いと言えるでしょう。

また、ルソー(Rousseau)は、社会契約によって形成される国家は、一般意志に基づいて統治されるべきであると主張しました。アーデンの森は、ルソーが理想とした、直接民主主義的な要素を持つ共同体を想起させます。

2.2現代社会における共同体-市民社会と社会運動

現代社会においても、地域コミュニティや市民団体、NPO、あるいはオンラインコミュニティなど、共通の目的や価値観を共有する人々が集まり、新しい共同体を形成する場合があります。これらの共同体は、社会の多様性を支え、民主主義を活性化させる重要な役割を担っています。

第三章:愛とジェンダー-変装と役割の転換

『お気に召すまま』には、ロザリンドが男装してガニメッドと名乗り、アーデンの森でオーランドーと再会するエピソードや、シーリアが身分を隠してアライーナと名乗り、森に逃れるエピソードなど、身分やジェンダーを偽る登場人物が複数登場します。

これらの変装は、社会におけるジェンダー役割やアイデンティティの流動性を示唆しています。シェイクスピアの時代、女性は男性よりも劣った存在と見なされ、社会参加や自己実現の機会が制限されていました。

3.1ジェンダーと社会規範-女性のエンパワメント

ロザリンドは、男装することで、男性中心的な社会の制約から解放され、自由に行動し、意見を表現することが可能になります。これは、女性が男性と同等の権利と自由を得るための闘いを象徴的に描いた場面と捉えることもできるでしょう。

現代社会では、フェミニズム運動やジェンダー平等を目指す動きが広がり、女性の社会参加や政治参加、そして経済的自立が促進されています。

3.2パフォーマンスとアイデンティティ-現代におけるジェンダーの流動性

現代社会においても、演劇や映画、あるいはコスプレなど、変装や役割の演じ分けを通じて、自らのアイデンティティを表現する文化が存在します。これは、固定されたジェンダー役割やアイデンティティを超え、多様な自己を探求する試みと見なすことができるでしょう。

第四章:アーデンの森の終焉-政治的秩序の回復と自然からの回帰

物語は、フレデリックが改心し、前公爵に公国を返還することで、政治的な秩序が回復し、アーデンの森は本来の自然に戻ります。恋人たちは結婚し、すべてはハッピーエンドを迎えます。

この結末は、混乱と無秩序から秩序と調和への移行を象徴しており、シェイクスピアが生きた時代のイギリスにおける政治的安定と社会的秩序を反映しているとも解釈できます。

4.1政治的秩序と安定-権力移譲と制度設計

フレデリックの改心は、権力の平和的な移譲を示唆しており、民主主義社会における選挙や政権交代といったプロセスを想起させます。政治的安定を実現するためには、権力闘争を抑制し、秩序ある権力移譲を可能にする制度の設計が重要です。

4.2自然と人間の関係-環境問題と持続可能な社会

アーデンの森は、人間社会の外部に存在する理想的な空間として描かれていましたが、最終的には人間の手を離れ、本来の自然に戻ります。これは、自然と人間の関係について考えさせる要素を含んでおり、人間は自然を支配する存在ではなく、自然と共存していくべきであるというメッセージを伝えているとも解釈できます。

終章:『お気に召すまま』のメッセージ-現代社会における共存と調和

『お気に召すまま』は、愛と追放、自然と文明、そして混乱と秩序といった対立するテーマを通じて、人間社会の理想と現実を描いた作品です。

作品を現代政治学の視点から読み解くことで、シェイクスピアの時代と現代社会の共通点と相違点を認識し、政治に対する理解を深めることができるのではないでしょうか。

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読書意欲が高いうちに読むと理解度が高まります。

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