## 夏目漱石の心に影響を与えた本
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影響を与えた一冊
夏目漱石の心に深い影響を与えた本は数多くありますが、その中でも特に重要な一冊として挙げられるのが、エドワード・カーペンターの**「文明とその不満」**です。
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文明批判と個人主義
19世紀末から20世紀初頭にかけてのイギリスで書かれたこの本は、資本主義社会における文明の進歩が、人間の精神的な豊かさを奪い、かえって苦悩や不安を増大させているという文明批判を展開しています。漱石は、東京帝国大学で英文学を学び、イギリス留学も経験したことから、当時の西洋思想や社会問題にも通じていました。
漱石自身も、明治という激動の時代を生きた知識人として、近代化が進む日本社会に同様の矛盾や葛藤を感じていました。「こころ」をはじめとする漱石の作品には、文明社会における個人の孤立や自我の喪失、人間関係の希薄さといったテーマが繰り返し描かれていますが、それはまさにカーペンターが「文明とその不満」で指摘した問題意識と深く共鳴するものでした。
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「エゴイズム」の克服
カーペンターは、文明の弊害から逃れるためには、自己中心的な「エゴイズム」を克服し、利他主義に基づいた新しい生き方を探求する必要があると説いています。漱石もまた、「則天去私」という言葉を残しているように、自己本位な欲望を捨て、天理に従った無私の境地に至ることの重要性を説いていました。
「こころ」の主人公である「先生」もまた、過去の罪悪感に苦しみ、自己嫌悪に陥る人物として描かれていますが、それは漱石自身が自己のエゴイズムと向き合い、それを克服しようとする葛藤の投影とも言えるでしょう。
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漱石文学への影響
「文明とその不満」は、漱石の思想形成に大きな影響を与え、その後の創作活動の重要な土台となりました。「こころ」だけでなく、「三四郎」「それから」「門」といった後期三部作など、漱石の作品全体を貫くテーマである、近代文明と自我の葛藤、人間存在の苦悩といった問題意識は、カーペンターの思想から大きな影響を受けていると言えるでしょう。
漱石は、「文明とその不満」を単に思想書として読むだけでなく、自己と社会、そして人間存在の本質を見つめ直すための鏡としていたのではないでしょうか。