## ヴォルテールの『ザイール』と言語
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古典主義の美学と言語
ヴォルテールの戯曲『ザイール』(1732) は、18 世紀フランス古典主義の美学を体現した作品として知られています。古典主義演劇は、古代ギリシャ・ローマの演劇を模範とし、三一致の法則(時間の統一、場所の統一、 Handlung の統一)や、高尚な文語を用いた alexandrin (アレクサンドラン) 詩形などを特徴としていました。
『ザイール』においても、これらの古典主義の規範が忠実に守られています。舞台はエルサレムのサラディンの宮殿という単一の場所に限定され、物語は24時間以内に展開されます。また、登場人物は身分や立場に応じて洗練された文語で語り、韻律の美しさが追求されています。
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情熱と言語
『ザイール』は、キリスト教徒の奴隷であるザイールと、イスラム教徒の君主サラディンの間の悲恋を描いています。宗教や文化の壁に阻まれた二人の愛は、登場人物たちの激しい情熱と苦悩を引き起こします。
ヴォルテールは、古典主義の形式美を保ちながらも、登場人物たちの内面における葛藤を、繊細な心理描写と言葉によって表現することに成功しています。特に、ザイールとサラディンの間で交わされる愛の言葉や、嫉妬に苦しむザイールの独白は、古典主義の枠組みを超えた感情の激しさを伝えています。
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宗教と偏見
『ザイール』は、愛と宗教、そして偏見という普遍的なテーマを扱っています。ヴォルテールは、ザイールとサラディンの悲劇を通して、宗教的な不寛容や偏見の愚かさを告発しています。
作品の中では、キリスト教とイスラム教の教義や歴史に関する言及が数多く見られます。ヴォルテールは、これらの宗教間の対立を冷静な視点で分析し、相互理解と寛容の必要性を訴えています。
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文化的背景と言語
『ザイール』は、18 世紀フランスの文化的背景を反映した作品でもあります。当時のフランスは、啓蒙主義の思想が広まり、宗教や社会に対する批判的な意識が高まっていました。
ヴォルテール自身も、熱心な啓蒙主義者として知られており、『ザイール』においても、宗教的な不寛容や偏見に対する批判が込められています。作品は、当時のフランス社会における宗教と理性の関係について、重要な示唆を与えていると言えます。