## ヴェブレンの企業の理論の周辺
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1. トーシュタイン・ヴェブレンと制度学派経済学
ヴェブレンの企業の理論を理解する上で、まず彼の立ち位置である「制度学派経済学」について触れておく必要があります。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、アメリカを中心に発展したこの学派は、新古典派経済学が前提とする「合理的経済人」像や「均衡」概念を批判的に捉え、現実の経済活動を規定する社会的・文化的・制度的要因を重視しました。
ヴェブレンもまた、人間の行動を「本能」や「習慣」といった非合理的な側面から分析し、経済活動における企業の役割を、生産性向上よりもむしろ「金銭的競争」や「顕示的消費」といった側面から解明しようと試みました。
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2. ヴェブレンの企業観:生産者ではなく「金銭的支配者」
ヴェブレンは、著書『企業者活動』の中で、近代資本主義における企業を「生産活動」を行う主体としてではなく、「金銭的支配」を追求する主体として描いています。彼の主張によれば、企業家は技術革新や生産効率の向上よりも、むしろ金融操作や市場操作、競合企業の買収などを通じて、自らの「金銭的地位」を高めることに関心を持つようになります。
このような「金銭的支配」の追求は、生産活動における非効率性を招き、社会全体の厚生を損なう可能性があるとヴェブレンは批判しました。
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3. 「顕示的消費」と「産業的怠業」
ヴェブレンの企業理論において重要な概念として、「顕示的消費」と「産業的怠業」が挙げられます。
「顕示的消費」とは、自己の富や社会的地位を誇示するために高価な財やサービスを消費することを指します。ヴェブレンは、企業家が「金銭的支配」を通じて獲得した富を、この「顕示的消費」に向けることで、社会に「浪費」と「階級格差」を助長すると指摘しました。
一方、「産業的怠業」とは、企業家が生産活動よりも「金銭的支配」を優先することで、社会全体の生産性が低下することを意味します。ヴェブレンは、企業による広告やマーケティング活動、計画的陳腐化なども、「産業的怠業」の一種として批判しました。
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4. ヴェブレンの企業理論に対する評価と影響
ヴェブレンの企業理論は、従来の新古典派経済学とは一線を画す独自の視点から、近代資本主義における企業の役割を批判的に分析した点が高く評価されています。特に、「顕示的消費」や「産業的怠業」といった概念は、現代社会においても消費行動や企業活動の一側面を説明する上で有効な視座を提供しています。
その一方で、ヴェブレンの理論は、企業の行動を「金銭的支配」のみに還元しすぎているという批判もあります。また、彼の主張は、具体的な政策提言に乏しいという指摘もなされています.