## レヴィ=ストロースの構造人類学の思想的背景
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ソシュールの言語学
レヴィ=ストロースの構造人類学は、フェルディナン・ド・ソシュールの構造言語学から大きな影響を受けています。ソシュールは、言語を個々の要素の寄せ集めとして捉えるのではなく、要素間の関係性によって成り立つ体系(構造)として捉えるべきだと主張しました。
彼は、言語記号を「シニフィアン(signifiant、音韻的イメージ)」と「シニフィエ(signifié、概念)」からなるものと考えました。 重要なのは、シニフィアンとシニフィエの関係は恣意的であり、社会的な約束事によって成り立っているという点です。
例えば、「犬」という単語の音と、私たちが「犬」と聞いて思い浮かべる動物のイメージには、必然的な関係はありません。 他の音でも、他の社会であれば、別のイメージと結びついている可能性があります。
レヴィ=ストロースは、このソシュールの言語理論を文化現象の分析に応用しました。 つまり、文化も言語と同じく、個々の要素ではなく、要素間の関係性によって成り立つ構造として捉えることができると考えたのです。
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プラハ学派の構造主義
レヴィ=ストロースは、ロマン・ヤコブソンらプラハ学派の構造主義言語学からも影響を受けています。 プラハ学派は、ソシュールの言語理論を発展させ、音韻論、形態論、統語論といった言語の様々なレベルにおける構造の分析を試みました。
特に、ヤコブソンが提唱した「弁別的特徴」の概念は、レヴィ=ストロースの親族構造の分析に大きな影響を与えました。 弁別的特徴とは、ある音素を他の音素と区別するための最小単位の特徴のことです。
例えば、「/p/」という音素は、「無声」「両唇音」「破裂音」といった弁別的特徴によって、他の音素と区別されます。 レヴィ=ストロースは、この弁別的特徴の概念を文化現象の分析に応用し、文化を構成する要素を、二項対立の組み合わせとして分析しようとしました。
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マルクスとデュルケムの影響
レヴィ=ストロースは、マルクスの唯物史観とデュルケムの社会学からも影響を受けています。 マルクス主義からは、社会構造が人間の意識や行動に影響を与えるという視点を、デュルケムからは、社会には個人を超えた集合的な表象や構造が存在するという視点をそれぞれ受け継いでいます。
特に、デュルケムが提唱した「社会的事実」の概念は、レヴィ=ストロースの構造主義的人類学の基礎を築く上で重要な役割を果たしました。 社会的事実とは、個人を超えた社会的なレベルで存在し、個人の思考や行動を制約する力を持つ規則や価値観などのことを指します。
レヴィ=ストロースは、文化もまた、このような社会的事実として捉えることができると考えました。 つまり、文化は個人の意識や意図を超えたところで、構造的に規定されているというわけです。