リヴィウスのローマ建国史の対極
トゥキディデスの「戦史」
リウィウスの『ローマ建国史』が、建国から数世紀を経たローマにおいて、伝説や神話を織り交ぜながら、初代ロムルスからアウグストゥス帝政開始までの壮大なローマ史を描いた作品であるのに対し、トゥキディデスの『戦史』は、ペロポネソス戦争(紀元前431年-紀元前404年)を、同時代の出来事として、可能な限り客観的に、そして詳細に記録した歴史書です。
対照的な歴史観
リウィウスが、ローマの伝統的な価値観や道徳観、建国以来の栄光をたたえ、愛国心を鼓舞することを目的としたのに対し、トゥキディデスは、戦争の悲惨さや人間の愚かさを容赦なく描き出し、冷徹な現実主義に基づいた歴史叙述を目指しました。
史料批判と客観性
リウィウスは、伝説や伝承を積極的に採用し、時には史実と明らかに矛盾する内容も、物語としての面白さを優先して記述しました。一方、トゥキディデスは、伝聞情報や伝説を排し、可能な限り一次史料に基づいた記述を心がけました。彼は、史料の信頼性を批判的に吟味し、裏付けが取れない情報は排除しました。
文体と構成
リウィウスの文章は、修辞を駆使した華麗なラテン語で書かれ、劇的な表現や登場人物の心理描写を多用することで、読者を物語の世界に引き込みます。一方、トゥキディデスの文章は、簡潔で客観的な記述を旨とし、感情表現を抑えた分析的な文体が特徴です。
歴史叙述における意義
リウィウスの『ローマ建国史』は、ローマ帝国の国民史として広く読まれ、ローマ人の歴史観や道徳観の形成に大きな影響を与えました。一方、トゥキディデスの『戦史』は、その冷徹な現実主義と客観性を重視する姿勢から、「歴史学の父」と称され、近代歴史学の出発点として高く評価されています。