ラシーヌのフェードルが映し出す社会
17世紀フランスの社会背景とフェードル
フランスの古典悲劇の傑作であるジャン・ラシーヌの『フェードル』は、1667年に初演された作品です。この劇は、古代ギリシアの神話を土台にしながらも、17世紀のフランス社会における道徳的・社会的価値観を反映しています。この時期のフランスは、ルイ14世の絶対王政の下で社会秩序と道徳が厳格に守られており、個人の感情や欲望は公の秩序に服することが求められていました。
登場人物の葛藤と社会規範
『フェードル』の中心人物であるフェードルは、夫テーセウスの息子であるステパノスに対して禁断の恋心を抱くという重い内面的葛藤を抱えています。この物語の主要なテーマは、欲望と道徳的禁忌の間の闘いです。フェードルの感情は、当時の社会が個人の情熱や欲望をどのように抑制し、コントロールしていたかを浮き彫りにします。彼女の恋は、社会的な規範との衝突を引き起こし、最終的には破滅をもたらします。
フェードルの苦悩は、当時の女性の立場と社会的期待を象徴しています。女性は徳を重んじ、感情を抑えるよう期待されており、フェードルのような情熱的な感情は非難の対象とされました。彼女の悲劇は、性差に基づく社会的抑圧の反映でもあります。
権力構造と個人
また、『フェードル』は権力と個人の関係を探る作品でもあります。テーセウス王の帰還は、フェードルの悲劇を決定づける要因となり、ここにも社会の厳格な権力構造が見て取れます。王の権威は絶対的であり、個人の運命はしばしばその権威によって左右されることを示しています。この点から、ラシーヌは絶対王政下のフランス社会の厳格さと、その社会における個人の制約された役割を批判的に描写しているとも解釈できます。
フェードルの物語は、感情と理性、個人の欲望と社会的責任との間の普遍的な葛藤を描いています。ラシーヌはこれを通じて、当時の社会の道徳的厳格さと、人間本来の感情の葛藤を巧妙に表現しています。この作品は、時代を超えて多くの読者に共感を呼び、深く考えさせるテーマを提供しています。