メルヴィルの白鯨が扱う社会問題
アメリカ社会における階級格差
「白鯨」は、19世紀のアメリカ捕鯨業を舞台に、人間の欲望や復讐心、自然の圧倒的な力などを描いています。その中で、メルヴィルは当時のアメリカ社会における様々な社会問題を浮き彫りにしています。
例えば、ピーコッド号の船長エイハブと、一等航海士スターバック、そして銛打ちのクィークェグといった登場人物たちの間には、明確な階級格差が存在します。エイハブは絶対的な権力を持つ船長として君臨し、スターバックは教養ある一等航海士として、ある程度の特権を持ちながらもエイハブの命令に従います。一方、クィークェグは奴隷制から解放された身でありながら、白人社会からは異質な存在として差別的な扱いを受けています。
メルヴィルは、彼らの関係性や葛藤を通して、当時のアメリカ社会における階級格差の根深さを描き出しています。特に、クィークェグに対する差別的な視線は、当時のアメリカ社会における人種差別問題を如実に反映しています。
産業革命による人間の異化
19世紀のアメリカは、産業革命の波に乗り、経済的に大きく発展していました。しかし、その一方で、人々の価値観は物質主義へと傾倒し、人間関係は希薄化していくという負の側面も持ち合わせていました。
「白鯨」に登場するピーコッド号は、まさにそうした産業革命の象徴として描かれています。巨大な捕鯨船は、効率性を追求した結果、人間性を置き去りにした存在として描かれ、船員たちはまるで機械の歯車のように、ただひたすらに鯨油の採取に従事させられています。
メルヴィルは、エイハブが白鯨への復讐に執念を燃やす姿を通して、産業革命が人間にもたらした精神的な空虚さを表現しています。彼は、白鯨を自然の象徴として捉え、人間が自然を征服しようとする欲望の危険性を警告しています。
人間の傲慢さと自然の脅威
「白鯨」は、人間と自然の関係をテーマとした作品としても読み解くことができます。エイハブは、白鯨を自身の運命を狂わせた憎むべき存在として執拗に追いかけますが、それは同時に、人間が自然を征服しようとする傲慢さを象徴しています。
しかし、自然は人間の思い通りになるほど甘くはありません。白鯨は、人間の力では到底及ばない圧倒的な力を持つ存在として描かれ、エイハブの復讐心は、最終的に彼自身を破滅へと導くことになります。
メルヴィルは、白鯨という圧倒的な自然の力を前に、人間の無力さを浮き彫りにしています。そして、自然に対して畏敬の念を抱き、共存していくことの大切さを訴えかけています。