## ホメロスのオデュッセイアの思想的背景
古代ギリシャにおけるホスピタリティ(Ξενία, Xenia)
「オデュッセイア」では、見知らぬ人々に対するもてなしの精神であるホスピタリティが重要なテーマとして繰り返し描かれています。これは古代ギリシャ社会において「Ξενία (Xenia)」と呼ばれる重要な慣習であり、神々からの客人や旅人を保護し、丁重にもてなすことが義務付けられていました。
作中では、オデュッセウスは旅の途中で様々な人物と出会い、その度にホスピタリティを受けたり、逆に拒否されたりします。例えば、彼はカリュプソに保護されながらも故郷に帰ることを望み、一方、ポリュペーモスはホスピタリティの義務を無視してオデュッセウスに危害を加えました。このように、ホスピタリティの遵守と違反が物語の展開に大きく影響を与えていることがわかります。
運命と自由意志(μοῖρα, Moira and τὸ αὐτεξούσιον, to autexousion)
「オデュッセイア」では、人間の運命と自由意志の関係も重要なテーマとして描かれています。古代ギリシャ人は、人間の運命は神々によって定められていると信じており、これを「μοῖρα (Moira)」と呼びました。しかし同時に、人間には運命に従うか、それとも抗うかを選択する自由意志「τὸ αὐτεξούσιον (to autexousion)」も与えられていると考えられていました。
オデュッセウスは、故郷に帰るという運命を神々に定められながらも、その過程では様々な試練に直面し、自身の選択によって運命を切り開いていきます。彼は知恵と勇気を駆使して困難を乗り越え、時には自身の欲望に負けて失敗することもありました。これは、人間が運命に翻弄されながらも、自身の意志によって未来を切り開くことができるという古代ギリシャ人の考え方を反映しています。
復讐と正義(τίσις, tisis and δίκη, dike)
「オデュッセイア」は、主人公オデュッセウスが故郷イタケーに帰還し、求婚者たちから妻と王位を取り戻す物語でもあります。これは、古代ギリシャ社会における復讐の概念「τίσις (tisis)」と深く関わっています。復讐は、個人の権利や名誉が侵害された際に、自らの手で正義を取り戻す行為として、ある程度正当化されていました。
しかし、「オデュッセイア」では、復讐と同時に「δίκη (dike)」という、より広義の正義の概念も示されています。オデュッセウスは、単に個人的な恨みを晴らすだけでなく、秩序を乱し、不正を働いた求婚者たちを罰することで、イタケーに正義を取り戻そうとします。これは、個人の復讐を超えた、社会全体の秩序と正義の回復というテーマを示唆しています。