## ヘッセのデミアンの思索
###
善と悪の二元論を超えて
ヘッセは『デミアン』において、従来のキリスト教的な善悪二元論に疑問を投げかけています。主人公ジントラムは、幼少期から「光の世界」と「闇の世界」という二つの世界に引き裂かれ、葛藤します。
彼は、両親が象徴する「光の世界」の教えに馴染めず、「闇の世界」に属する少年クロマーに惹かれていきます。クロマーは、世界を善悪の二項対立で捉えるのではなく、両者を包括する「アプラクサス」という超越的な存在を説きます。
この「アプラクサス」は、善悪を超越し、両者を統合した神であり、世界をありのままに肯定する思想です。ジントラムはクロマーとの出会いを通じて、善と悪を二分化する従来の価値観に疑問を抱き始めます。
###
自己発見と個性化の過程
『デミアン』は、主人公ジントラムの自己発見と個性化の過程を描いた Bildungsroman（教養小説）でもあります。ジントラムは、クロマーやデミアンといった、彼自身の内面を映し出すような人物たちとの出会いと別れを繰り返しながら、自己の内面に潜む「もう一人の自分」と向き合っていきます。
彼は、周囲の人々や社会の規範に盲目的に従うのではなく、自らの内なる声に耳を傾け、独自の道を歩み始めることを決意します。
###
夢と象徴
ヘッセは、登場人物たちの夢や象徴的なイメージを多用することで、彼らの深層心理を描き出しています。例えば、ジントラムが繰り返し見る「鳥が卵を割って生まれる夢」は、彼が古い殻を破って新しい自己へと生まれ変わろうとする過程を象徴しています。
また、デミアンがジントラムに送る絵に描かれた「アブラクサス」の姿は、善悪を超えた神であり、ジントラムが目指すべき自己実現の象徴として描かれています。これらの夢や象徴は、読者に作品世界を多角的に解釈することを促します。
###
第一次世界大戦の影響
『デミアン』は、第一次世界大戦中に書かれた作品であり、当時の時代背景が色濃く反映されています。戦争という未曾有の悲劇は、従来の価値観や秩序を根底から揺るがし、多くの人々に精神的な混乱をもたらしました。
ヘッセ自身も、戦争体験を通じて深い精神的な危機に陥り、その経験が『デミアン』の執筆へと繋がったと言われています。作品には、戦争によって引き裂かれた人間の精神世界や、新しい時代における人間の在り方が問われています。