プルーストの失われた時を求めてが扱う社会問題
フランス第三共和政期の社会不安
1870年の普仏戦争敗北後、フランスは王政から共和政へと移行する激動の時代を迎えます。この第三共和政期は、政治的不安定、経済格差、社会階層間の対立など、様々な問題を抱えていました。プルーストは、まさにこの時代を生きた作家であり、彼の代表作『失われた時を求めて』には、当時の社会不安が色濃く反映されています。
作中には、伝統的な貴族社会の衰退と新興ブルジョワジーの台頭を象徴する登場人物たちが数多く登場します。例えば、主人公の憧れの的であるゲルマント公爵一家は、かつての栄光を失いつつある古い貴族社会の象徴です。一方、裕福なユダヤ人銀行家ブロシュは、新興ブルジョワジーの成功と野心を体現しています。プルーストは、両者の間にある複雑な感情、例えば、貴族の没落に対する憐憫と、成り上がろうとするブルジョワジーへの嫌悪を見事に描き出しています。
スノビズムと社交界の虚飾
当時のフランス社交界は、上流階級の人々にとって、自らの社会的地位や人脈を誇示するための重要な舞台となっていました。しかし、その華やかな世界の裏には、スノビズムや虚飾が横行していました。
プルーストは、社交界の人々の言動や行動を鋭く観察し、その空虚さを容赦なく描き出しています。例えば、主人公が恋焦がれるアルベルチーヌは、社交界の花形として周囲の男たちを虜にしますが、その内面は謎に包まれています。また、社交界の女王ヴェルデュラン夫人も、一見華やかな存在でありながら、その裏では策略をめぐらし、周囲の人々を操ろうとしています。プルーストは、このような社交界の虚飾を描き出すことで、当時の社会が抱える精神的な空虚さを浮き彫りにしています。
愛と嫉妬の諸相
愛と嫉妬は、人間の根源的な感情であり、時代を超えて人々を苦しめてきました。プルーストは、『失われた時を求めて』の中で、愛と嫉妬の様々な側面を深く掘り下げています。
主人公である「私」は、スワン、ジルベルト、アルベルチーヌといった様々な女性に恋をし、その度に激しい嫉妬に苦しめられます。しかし、プルーストは単に恋愛の喜びや苦しみを描くだけでなく、愛の本質、記憶と時間における愛の変容、嫉妬がもたらす狂気などを深く追求しています。
同性愛への眼差し
20世紀初頭のフランスでは、同性愛はタブーとされており、公然と語られることはほとんどありませんでした。しかし、プルースト自身も同性愛者であったと言われ、『失われた時を求めて』には、当時の社会における同性愛への視線を反映した描写が随所に見られます。
例えば、男爵ド・シャルリュスは、その高貴な身分とは裏腹に、同性愛の噂が絶えない人物として描かれています。また、作中には、レズビアンの関係を示唆する場面も登場します。プルーストは、登場人物たちの性的指向を直接的に描くことは避けながらも、当時の社会に潜む同性愛への偏見や抑圧を浮き彫りにしています。