## プラトンのメノンの思想的背景
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ソクラテス以前の哲学者と徳の相対性
「メノン」は、ソクラテスと、野心的な若者メノンとの間の対話篇です。 この対話は、徳が教えられるかどうかという、一見単純な問いから始まります。しかし、議論が深まるにつれて、知識、想起、魂の不死など、より根源的な問題へと発展していきます。
この対話の背景には、ソクラテス以前の哲学者たちの思想、特にソフィストたちによる相対主義的な倫理観の影響が色濃く反映されています。プロタゴラスに代表されるソフィストたちは、「人間は万物の尺度である」という主張のもと、真理や道徳は客観的に存在するのではなく、個人の主観や文化、状況によって相対的に決まると考えました。
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ソクラテスの探求と無知の知
ソクラテスは、ソフィストたちの相対主義的な立場に真っ向から対立しました。彼は、徳や正義といった倫理的な概念には、客観的な基準が存在すると信じていました。
「メノン」においても、ソクラテスは、メノンが提示する様々な徳の定義を次々と論駁していきます。これは、ソクラテスが単にメノンを困らせようとしていたわけではありません。むしろ、ソクラテス自身が徳の本質を探求し、真の知識に到達しようとしていた姿勢の表れと解釈できます。
この対話において、ソクラテスは自らのことを「何も知らない」と繰り返し述べています。これは、彼が単に謙虚な人物であったことを意味するのではなく、むしろ真の知識を得るためには、まず自らの無知を自覚することが不可欠であるという、彼の哲学的立場を表しています。この「無知の知」と呼ばれるソクラテスの態度は、「メノン」における議論の進展において重要な役割を果たしています。
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想起説と魂の不死
「メノン」の中盤以降、議論は徳が教えられるかどうかという当初の問いから、知識の起源へと移っていきます。ソクラテスは、幾何学の問題を用いた対話を通して、私たちが生まれながらにして魂の中に真の知識を持っているという「想起説」を展開します。
この想起説は、魂の不死というプラトン哲学の重要なテーマと密接に結びついています。プラトンによれば、魂は肉体とは別個に存在し、肉体が滅びた後も生き続けるとされます。そして、魂は前世においてイデア界に存在し、真の知識をすでに獲得しています。
「メノン」において展開される想起説は、徳が教えられるかどうかという問いに対する一つの答えを与えると同時に、プラトン哲学の根幹をなす思想へとつながっていく重要な概念となっています。