プラトンのソクラテスの弁明の選択

　プラトンの対話篇『ソクラテスの弁明』において、ソクラテスはアテネの陪審員団に対し、自らの無実を訴えながらも、彼らに与えられた法的選択肢を拒否します。すなわち、彼は自らの命を救うために、逃亡したり、弟子たちに罰金の肩代わりを頼んだりすることを潔しとしませんでした。

　ソクラテスは、悪法であっても法は法であり、それに従うことが市民としての義務であると考えたのでしょうか。それとも、彼には別の選択肢が存在しなかったのでしょうか。

　ソクラテスの弁明は、単なる法的弁護の域を超え、彼の哲学、そして人生そのものを映し出す鏡となっています。彼の選択は、私たちに「法と正義」「生と死」「真実と信念」といった根源的な問いを突きつけます。

　ソクラテスは、自らの無実を訴えるために雄弁を振るうことをせず、むしろ、沈黙という手段を選びました。彼は、アテネの若者を堕落させたという嫌疑をかけられましたが、それに対して、詭弁を弄したり、感情に訴えかけたりすることはありませんでした。

　ソクラテスにとって、真実は雄弁よりも尊いものでした。彼は、自らの信念を曲げてまで、生き長らえようとはしなかったのです。彼の沈黙は、言葉を超えた強い意志表示であり、彼の哲学の真髄を示すものでした。

　ソクラテスは、アテネの陪審員団によって死刑判決を受けますが、死を恐れながらも、それを静かに受け入れます。彼は、死とは魂の消滅ではなく、むしろ、肉体という牢獄からの解放であると信じていました。

　ソクラテスにとって、真の生とは、魂を磨き、善を追求することでした。彼は、死後においても、その探求を続けることができると確信していたのです。彼の死は、単なる敗北ではなく、むしろ、彼の哲学の勝利を象徴するものでした。