ブローデルの地中海の関連著作
地中海と地中海世界 ― フェリペ2世時代
フェルナン・ブローデル著、浜名 優訳、みすず書房 (1992/09)
本書は、16世紀における地中海世界を舞台に、その歴史、経済、社会、文化を包括的に描き出した、アナール学派を代表する歴史家フェルナン・ブローデルの主著です。通史としては異例なほど詳細な記述と、地理、気候、環境といった要素を重視した重層的な歴史叙述は、従来の歴史観に大きな影響を与えました。
本書は、地中海という地理的空間を歴史の舞台として設定し、その特性が人々の生活や社会構造にどのような影響を与えてきたのかを分析しています。ブローデルは、地中海を単なる歴史の舞台装置としてではなく、歴史を動かす主体的な要素として捉え、その長期持続的な構造を「構造」、中程度の時間軸で変化する経済活動などを「局地文明」、そして短期的変化を「出来事」という3つの異なる時間軸から分析しました。
「構造」のレベルでは、地中海を取り巻く山脈や島嶼、気候、風土といった地理的条件が、人々の生活様式や交易ルート、さらには文化形成にまで影響を与えてきたことを明らかにしています。
「局地文明」のレベルでは、16世紀の地中海世界を支配していたオスマン帝国やスペインといった国家間の政治的対立や、ヴェネツィアやジェノヴァといった都市国家による商業活動、イスラム教とキリスト教という異なる宗教文化のせめぎ合いなどを描いています。そして「出来事」のレベルでは、フェリペ2世やスレイマン大帝といった歴史的指導者たちの政策や戦争、海賊行為といった個別具体的な事象を取り上げています。
ブローデルは、これらの3つの時間軸を相互に関連付けながら、地中海世界を一つの有機的なシステムとして捉え、そのダイナミズムを描き出すことに成功しました。本書は、歴史学研究の新たな地平を切り開いた記念碑的作品として、今日でも多くの研究者に影響を与え続けています。