ブローデルの地中海から学ぶ時代性
歴史における多元的な時間
フェルナン・ブローデルの著作『地中海』は、16世紀における地中海世界を壮大なスケールで描き出した歴史書として知られています。従来の歴史書が政治や戦争といった表層的な出来事を中心に据えてきたのに対し、ブローデルは地理や気候、経済活動、社会構造といったより根深い構造に焦点を当てています。
ブローデルは歴史における時間の流れを、異なる速度で動く複数の層として捉えることを提唱しました。それは「長い durée(デュレ)」、「中くらいの durée」、「短い durée」の三層構造として知られています。
まず「長い durée」は、地理や気候といったほとんど変化することのない、非常にゆっくりとした時間の流れを指します。地中海世界においては、温暖な気候やオリーブ、ブドウの栽培に適した地形といった地理的条件が、数千年にわたって人々の生活様式や文化に大きな影響を与え続けてきました。ブローデルは、こうした地理的条件が歴史の基層を形成していると考えたのです。
社会経済の構造と変化
次に「中くらいの durée」は、経済活動や社会構造といった、数十年から数百年の時間をかけて徐々に変化していく層を指します。16世紀の地中海世界においては、商業資本主義の発展や都市の成長、オスマン帝国の台頭といった変化が、人々の生活や社会構造に大きな影響を与えました。ブローデルは、こうした変化が歴史の中間層を形成し、人々の行動や社会関係を規定していると考えたのです。
そして「短い durée」は、政治や戦争、事件といった、数年単位で目まぐるしく変化する表層的な層を指します。従来の歴史書では、こうした事件が歴史の主要なテーマとされてきましたが、ブローデルは、これらは歴史の表層に過ぎないと考えました。
事件を超えた歴史の深層
ブローデルは、従来の歴史書が重視してきた政治的事件や戦争は、歴史の表層における一時的な波に過ぎないと考えました。彼は、より深い歴史の分析のためには、地理や気候といった「長い durée」と、経済活動や社会構造といった「中くらいの durée」に目を向ける必要があると主張したのです。
ブローデルの歴史観は、歴史を単なる事件の羅列としてではなく、重層的な構造を持つダイナミックなプロセスとして捉え直すことを促しました。彼の著作『地中海』は、その革新的な手法によって歴史学に大きな影響を与え、歴史研究における「長い durée」への関心を高めるきっかけとなりました。