## フォークナーの響きと怒りの技法
意識の流れ
フォークナーは『響きと怒り』において、登場人物たちの内面世界を描き出すために意識の流れの手法を多用しています。特に、ベンジー、クェンティン、ジェイソンの三兄弟の章では、彼らの意識が時系列にとらわれず、自由に行き来することで、それぞれの歪んだ心理状態や過去のトラウマが浮き彫りになっていきます。
例えば、ベンジーの章では、彼の断片的な思考や感覚が、句読点もほとんどなく羅列されることで、知的に障害を持つ彼の混乱した内面世界が表現されています。また、クェンティンの章では、彼が過去と現在を行き来しながら、妹キャディーへの執着や、それがもたらす絶望的な感情を吐露していく様子が描かれます。さらに、ジェイソンの章では、彼の冷酷で自己中心的思考が、皮肉と嫌味に満ちた独白を通して明らかにされます。
時間操作
『響きと怒り』は、時系列がシャッフルされた構成を持つことでも知られています。それぞれの章は、異なる時間軸と語り手を持ち、それらが複雑に絡み合うことで、コンプソン家の崩壊と、彼らを覆う南部の衰退という物語が徐々に明らかになっていきます。
例えば、ベンジーの章は1928年の「聖金曜日」の一日を、クェンティンの章は彼が自殺する1910年の「6月2日」の一日を、ジェイソンの章は1933年の「聖土曜日」の一日を、それぞれ描いています。そして、最後のディルシーの章は1933年の「復活祭の日曜日」の一日を、客観的な視点から描いています。
このように、時間軸が交錯することで、読者はパズルを解くように物語を再構築していくことを強いられます。そして、その過程を通して、コンプソン家の過去と現在が複雑に絡み合い、彼らの悲劇がより鮮明に浮かび上がってくるのです。
南部の言葉
フォークナーは『響きと怒り』において、南部の独特な言葉遣いやリズムを巧みに用いることで、物語にリアリティと深みを与えています。特に、黒人の方言や、白人上流階級の古風な言い回しは、当時の南部の社会構造や人々の意識を反映しており、物語理解の重要な鍵となっています。
例えば、黒人の乳母ディルシーの言葉は、標準的な英語とは異なる文法や語彙を用いながら、深い愛情と洞察力を表現しています。一方、コンプソン家の老女中ロザ・コールドフィールドの言葉は、古風で形式ばった表現が多く、かつての南部の栄光にしがみつく彼女の姿を象徴しています。このように、フォークナーは登場人物の言葉遣いを使い分けることで、彼らの社会的地位や性格、内面世界を描き出しているのです。