バルザックの幻滅を深く理解するための背景知識
フランス革命とナポレオン時代
フランス革命（1789年～1799年）とそれに続くナポレオン時代（1799年～1815年）は、フランス社会に激動をもたらし、旧体制の崩壊と新しい社会秩序の模索という時代でした。バルザックは1799年生まれであり、まさにこの変革期に幼少期を過ごしました。革命によって貴族階級の特権は失われ、自由、平等、博愛といった新しい価値観が台頭しました。しかし、革命は同時に恐怖政治や内戦、対外戦争といった混乱も招きました。ナポレオンの台頭は一時的な安定をもたらしましたが、彼の失脚後は再び王政復古が行われ、社会は不安定な状態に置かれました。
バルザックの作品には、この激動の時代背景が色濃く反映されています。「幻滅」をはじめとする多くの作品で、革命後の社会における貴族階級の没落、ブルジョワジーの台頭、社会の腐敗、人間の欲望と野心が描かれています。革命によって生まれた新しい社会秩序は、必ずしも理想的なものではなく、むしろ金銭欲や権力欲が渦巻く現実的な社会へと変貌していく様子が、バルザックの鋭い観察眼によって描かれています。
復古王政と七月革命
ナポレオン失脚後の1814年、フランスではブルボン王朝による王政復古が行われました。しかし、復古王政は旧体制への回帰を望む保守派と、革命の成果を守ろうとする自由主義派との対立を生み、社会は不安定な状態にありました。1830年、シャルル10世の反動的な政策に対する反発から七月革命が勃発し、オルレアン家のルイ・フィリップが国王に即位しました。この七月革命は、ブルジョワジーが政治的な力を増していく象徴的な出来事となりました。
バルザックは、この復古王政と七月革命の時代を直接体験し、その社会の変動を鋭く観察しました。「幻滅」は、まさに七月革命前後のフランス社会を舞台としており、貴族階級の没落、ブルジョワジーの台頭、ジャーナリズムの興隆、政治 corruption corruption といった当時の社会問題がリアルに描かれています。主人公リュシアンの挫折は、旧体制から新しい社会へと移行する過渡期における人間の苦悩と幻滅を象徴しています。
産業革命と資本主義の台頭
18世紀後半から19世紀にかけて、イギリスで始まった産業革命は、フランスにも大きな影響を与えました。工場制機械工業の発展は、都市への人口集中、労働者階級の形成、貧富の格差拡大といった社会問題を引き起こしました。また、資本主義経済の発展は、金銭欲や物質主義を蔓延させ、人間の欲望と野心を増幅させました。
バルザックは、この産業革命と資本主義の台頭を背景に、社会における金銭の力、人間の欲望と野心の葛藤を描きました。「幻滅」では、リュシアンがパリという大都会で金銭と権力に翻弄され、堕落していく様子が描かれています。また、「ゴリオ爺さん」や「ユジェニー・グランデ」といった作品でも、金銭欲に支配された人間の醜い姿が赤裸々に描かれており、資本主義社会における人間の倫理観の崩壊が鋭く批判されています。
ロマン主義とリアリズム
バルザックが生きた19世紀前半は、ロマン主義が隆盛した時代でした。ロマン主義は、人間の感情や想像力を重視し、個人の自由や主体性を謳歌する文学・芸術運動でした。しかし、バルザックは、ロマン主義的な理想主義や空想的な世界観に反発し、現実社会をありのままに描くリアリズムの手法を用いました。
バルザックは、人間の欲望や野心、社会の腐敗といった現実社会の暗い側面を克明に描写することで、読者に社会の矛盾や人間の弱さを突きつけました。「幻滅」は、ロマン主義的な理想を抱いてパリに出てきたリュシアンが、現実社会の厳しさに直面し、挫折していく過程を描いた作品であり、バルザックのリアリズム文学を代表する作品の一つと言えるでしょう。
バルザック自身の経験
バルザックの小説は、当時の社会状況を反映しているだけでなく、彼自身の経験や思想も色濃く反映されています。バルザックは、弁護士を目指して法律を学びましたが、作家になることを決意し、経済的な困窮や借金に苦しみながらも創作活動を続けました。また、上流社会への憧れと、現実の社会における自分の境遇とのギャップに悩み、挫折感を味わったこともありました。
このようなバルザック自身の経験は、「幻滅」の主人公リュシアンの境遇と重なる部分が多く、作品にリアリティを与えています。リュシアンがパリで名声と富を求めて挫折していく姿は、バルザック自身の挫折感や社会に対する批判を反映していると言えるでしょう。
これらの背景知識を踏まえることで、「幻滅」をはじめとするバルザックの作品をより深く理解することができます。バルザックの作品は、19世紀フランス社会の現実を克明に描いただけでなく、人間の普遍的な欲望や野心、社会の矛盾といった現代社会にも通じるテーマを描いており、時代を超えて読み継がれる価値のある作品と言えるでしょう。
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