## ハイデガーの存在と時間と時間
ハイデガーにおける時間
マルティン・ハイデガーの主著『存在と時間』(1927年)は、西洋哲学史における存在の意味についての問い直しを目的としています。ハイデガーはこの書において、存在理解の鍵を「時間性」という概念に見出します。
伝統的な西洋形而上学において、時間は空間と同様に客観的に存在するもの、いわば「存在者の存在様式」として理解されてきました。 しかし、ハイデガーはこの伝統的な時間理解を批判し、時間こそが、そもそも存在者が存在者として「現れ出る」ことを可能にする根源的な基盤であると主張します。 つまり、時間こそが「存在のhorizon(地平)」であるとされます。
現存在と時間性
ハイデガーは、人間存在を「現存在」(Dasein)と呼びます。現存在は単なる「存在者」の一つではなく、世界の中に「投げ込まれ」、世界と常に関係性を持ちながら存在する存在です。 現存在は「死」という絶対的な可能性に向けて、常に「未来」へと向かって生きています。そして、未来へと進む中で、過去の経験や伝統を「現在」において解釈し直します。
このように、現存在は「過去」「現在」「未来」という時間の三つの次元性を統一的に生きています。 ハイデガーはこの統一的な時間性を「時間性」と呼び、現存在が時間性を本質としてもつことによって、はじめて存在者が存在者として現れ出ることが可能になると考えました。
時間と歴史性
ハイデガーは、時間性を個人レベルだけでなく、歴史的なレベルにも適用します。 彼によれば、歴史とは単に過去の出来事の積み重ねではなく、過去・現在・未来が相互に織りなす動的なプロセスです。 私たちは過去の伝統や文化を受け継ぎながら(過去)、現在において新たな意味や価値を生み出し(現在)、未来に向けて新たな可能性を切り開いていきます(未来)。 このように、歴史とは時間性によって駆動される、絶え間ない生成変化のプロセスであるとハイデガーは考えます。