## ダンテの『新生』の思想的背景
### 1.
フィレンツェの政治と社会状況
13世紀後半から14世紀初頭のフィレンツェは、教皇派(ゲルフ)と皇帝派(ギベリン)の対立が激化し、都市は内乱と混乱に見舞われていました。ダンテ自身もこの政治闘争に巻き込まれ、後にフィレンツェを追放されることになります。『新生』はこのような激動の時代背景の中で書かれ、ダンテの青春期の恋愛体験と精神的な成長が、当時の社会状況と密接に関係しながら描かれています。
### 2.
宮廷恋愛の伝統
『新生』におけるダンテのベアトリーチェへの愛は、12世紀後半からヨーロッパで流行した「宮廷恋愛」の伝統を強く反映しています。宮廷恋愛は、高貴な貴婦人への崇拝と献身的な愛を歌い上げるものであり、ダンテもベアトリーチェを理想化された女性として描写し、彼女への愛を通じて精神的な高みを目指そうとします。
### 3.
中世キリスト教思想
『新生』は、ベアトリーチェへの愛を昇華させ、神の愛へと到達する過程を描いた作品でもあります。ダンテは、アウグスティヌスの『告白』や聖書の『雅歌』など、中世キリスト教思想の影響を強く受けており、『新生』においても、愛を神への信仰へと結びつけることで、自身の恋愛体験を精神的な救済へと昇華させています。
### 4.
古代ローマ文学の影響
ダンテは、古典文学にも造詣が深く、特にウェルギリウスの『アエネーイス』を高く評価していました。『新生』は、ダンテがウェルギリウスを模範として、トスカーナ語で書かれた初期の作品であり、その文体や構成には古代ローマ文学の影響が色濃く見られます。例えば、ベアトリーチェとの出会いを9の倍数に象徴させるなど、数字に特別な意味を与える手法は、古代ギリシャのピタゴラス主義の影響と考えられています。
### 5.
アリストテレス哲学
ダンテは、トマス・アクィナスを通じてアリストテレス哲学を学び、その影響を大きく受けています。『新生』においても、ダンテは理性と感性の調和を目指しており、アリストテレス哲学の倫理思想の影響がうかがえます。