## ソーロキンの社会学理論と人間
ロシア革命を経験し、その後アメリカに亡命した社会学者ピティリム・ソローキン(Pitirim Sorokin)は、激動の20世紀前半を生きた経験から、独自の文明論と社会変動論を展開しました。彼の社会学理論の中心には、常に「人間」という存在への深い洞察がありました。
1. 感覚主義、観念主義、統合主義:文化を超えた人間の探求
ソローキンは、壮大な文明論である「文化社会学」の中で、歴史上現れた多様な文化を、「感覚主義」、「観念主義」、「統合主義」という3つの主要な文化的様式に分類しました。
* **感覚主義**の文化は、感覚的な快楽や物質的な豊かさを重視します。この文化において、現実とは五感で捉えられるものと定義づけられ、客観的な真理よりも主観的な経験が優先されます。芸術は写実的で感覚的な美を追求し、倫理は快楽主義や功利主義に傾きます。
* 一方、**観念主義**の文化は、精神的な価値や超越的な理念を重視します。この文化では、真の現実は感覚を超越した精神的な世界に存在すると考えられ、理性や信仰を通してその真理に到達しようとします。芸術は象徴的かつ抽象的な表現を用い、倫理は禁欲主義や自己犠牲を重視します。
* そして、**統合主義**の文化は、感覚主義と観念主義の両方の要素を調和させようとする文化です。この文化では、物質世界と精神世界は互いに補完し合うものとして捉えられ、理性と信仰、科学と宗教などが統合されることを目指します。芸術は写実性と象徴性を融合させ、倫理は現実的な理想主義を追求します。
ソローキンは、これらの文化的様式が歴史の中で周期的に交代すると主張しました。つまり、ある時代には感覚主義が支配的になり、その後に観念主義が台頭し、その後再び統合主義へと移行するというように、文化は循環的に変動するというのです。
2. 社会的動態と文化変動:戦争と革命の嵐の中で
ソローキンは、著書「社会的・文化的動態」の中で、社会変動のメカニズムについても分析しました。彼は、社会が変化する要因として、経済構造や政治体制、技術革新など様々な要因を挙げながらも、特に文化的な要因、とりわけ人々の価値観や信念の変容に注目しました。
ソローキンは、社会が感覚主義的な方向に傾倒していくと、人々は物質的な欲望や快楽の追求に没頭し、精神的な価値や共同体の絆が希薄になっていくと論じました。その結果、社会は不安定化し、紛争や対立が頻発するようになるとしました。
一方、観念主義的な方向への傾倒は、精神的な価値や道徳律の強化をもたらしますが、同時に社会を硬直化させ、現実の社会問題に対する柔軟な対応を阻害する可能性があると指摘しました。
ソローキンは、統合主義こそが、感覚主義と観念主義の両極端を克服し、調和のとれた持続可能な社会を実現するための鍵となると考えました。
3. 愛の力:ソローキンの社会倫理
ソローキンは、人間の利己主義や権力欲が、戦争や紛争、社会の崩壊など、様々な問題を引き起こすと考えました。そして、これらの問題を解決するためには、人間が本来持っている「愛」の力を引き出す必要があると主張しました。
ソローキンは、著書「愛の革命」の中で、「愛」を「他者に対する無私の心からの関心と、その福祉のための行動」と定義し、愛こそが、個人と社会を結びつけ、調和と協力をもたらす原動力となるとしました。
彼は、家族や友人、恋人などに対する愛だけでなく、隣人愛、人類愛、さらにはすべての生き物に対する愛の重要性を強調し、愛に基づいた社会の構築を呼びかけました。
ソローキンは、自身の経験を通して、人間社会が抱える問題の根深さを痛感し、その解決策を人間の精神性、特に「愛」に求めました。彼の社会学理論は、単なる学問的な探求を超え、より良い社会を築きたいという強い倫理的な信念に裏打ちされたものでした。