## ジョイスのユリシーズの比喩表現
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意識の流れを表現する比喩
ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』は、比喩表現の宝庫として知られています。特に、登場人物たちの意識の流れを描き出すために、比喩が効果的に用いられています。例えば、レオポルド・ブルームの意識は、次々と連想ゲームのように展開していきますが、その過程は、まるで万華鏡のように断片的なイメージや思考が、比喩によって結び付けられているかのようです。
例えば、「ローストビーフの匂いが漂う。空腹の匂いだ」(第5章)という一節では、ブルームの嗅覚的な感覚と食欲が、比喩によって結び付けられています。また、「彼女のくしゃくしゃの髪。川のほとりで」(第4章)という一節では、ブルームの妻モリーの不貞を暗示する「川のほとり」というイメージが、比喩によって「くしゃくしゃの髪」に重ねられています。
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神話と現実を繋ぐ比喩
『ユリシーズ』は、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を下敷きにしており、作中の様々な場面が、神話と対比されています。この神話と現実を繋ぐ役割を果たしているのも、比喩表現です。例えば、広告会社の社員であるレオポルド・ブルームは、英雄オデュッセウスと重ね合わせられています。しかし、ブルームは、英雄とはかけ離れた、平凡で臆病な男として描かれています。
このような対比は、読者に皮肉な笑いを誘うとともに、神話の世界を身近なものとして感じさせます。また、ブルームの日常的な行動や思考が、神話的なスケールで語られることで、人間の営みそのものが、壮大な叙事詩の一部として浮かび上がってきます。
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多様な文体と比喩
『ユリシーズ』の特徴の一つに、章ごとに文体が異なることが挙げられます。例えば、第14章は、英語の文体史を模倣したかのような、古風な英語で書かれています。また、第18章は、意識の流れを極限まで追求した、ほとんど句読点のない文体で書かれています。
このように多様な文体に合わせて、比喩表現も変化していきます。例えば、第7章では、新聞の活字を模倣した文体が用いられていますが、そこでは、見出しや広告のコピーのような、センセーショナルな比喩表現が頻出します。このように、『ユリシーズ』の比喩表現は、文体と密接に関係しながら、作品世界を豊かに彩っています。
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読者に解釈の余地を与える比喩
ジョイスの比喩表現は、難解であることでも知られています。それは、複数のイメージが複雑に重ね合わされていたり、文脈がつかみにくかったりするからです。しかし、このような難解な比喩表現は、単に読者を混乱させるためのものではなく、むしろ、読者に積極的に解釈の余地を与えるためのものであると言えるでしょう。
ジョイスは、一つの比喩に対して、唯一の正しい解釈が存在するとは考えていませんでした。むしろ、読者一人ひとりが、自身の経験や知識に基づいて、自由に解釈を巡らせることを期待していました。このように、『ユリシーズ』の比喩表現は、作品を多層的なものにし、読者に能動的な読書体験を提供しています。