サリンジャーのナイン・ストーリーズから学ぶ時代性
時代背景：戦後アメリカと「沈黙の世代」
サリンジャーの短編集『ナイン・ストーリーズ』が発表された1953年は、第二次世界大戦後のアメリカ社会が大きく変容を遂げようとしていた時代でした。大戦の勝利により経済的に繁栄を謳歌する一方で、冷戦の始まりや核兵器の脅威といった不安要素も抱えていました。
登場人物たちの苦悩：物質主義と精神性の断絶
サリンジャーの作品に登場する多くの人物は、物質的に豊かでありながらも、精神的な充足感を得られずに苦悩する姿が描かれています。これは、当時のアメリカ社会が抱えていた、物質主義と精神性の断絶を象徴していると言えるでしょう。「バナナフィッシュにうってつけの日」のシーモアや「笑い男」のチーフなど、理想と現実のギャップに苦しみ、社会に適合できないアウトサイダー的な存在が目立ちます。
コミュニケーションの断絶：偽善的な大人社会への反発
サリンジャーの作品では、登場人物たちの間で真の意味でのコミュニケーションが成立しない場面が繰り返し描かれます。これは、戦後アメリカ社会における、形式的なコミュニケーションや偽善的な大人社会への反発を表現しているとも言えます。「小さな反抗」では、子供たちの純粋な世界と大人たちの偽善的な世界が対比され、「エズメのために、そしてローズマリーのために」では、幼い少女の純粋さが、周囲の大人たちによって傷つけられていく様子が描かれています。
内面への逃避：自己探求と孤独
サリンジャー作品の登場人物たちは、社会とのつながりを見いだせないまま、内面世界に逃避していくケースが多く見られます。これは、自己探求の旅路であると同時に、孤独や疎外感といった負の側面も孕んでいます。「テディ」では、輪廻転生を信じる少年が、精神世界に没頭していく姿が描かれ、「森の幸福」では、主人公が俗世を離れ、森の中での生活を求める姿を通して、社会との断絶と孤独が表現されています。
サリンジャーの視点：批評性と共感
サリンジャーは、戦後アメリカ社会の矛盾や歪みを鋭く見つめ、登場人物たちの苦悩を通して、その時代性を浮き彫りにしています。 同時に、社会に適合できないアウトサイダーや、純粋さを持つ子供たちに深い共感を寄せていることも読み取れます。 彼の作品は、時代の変化の中で見失われがちな、人間本来の姿や心の奥底にある真実を問いかける普遍的なテーマを含んでいると言えるでしょう。